産後の女性の体は、妊娠と出産によって大きな変化を経験します。ホルモンバランスの急激な変動や育児による心身の負担は、さまざまな体の不調を起こすことがあり、その一つに円形脱毛症があります。
特に産後1年以内に症状が現れるケースもあり、この時期に円形脱毛症を発症すると、精神的なストレスも重なり、深い悩みを抱えることがあります。
この記事では、産後の女性に見られる円形脱毛症の具体的な特徴や、その原因と対策について詳しく解説します。
産後の円形脱毛症とは何か
産後の円形脱毛症は、出産を経験した女性に見られる特有の脱毛症の一種です。
一般的な産後の脱毛とは異なり、髪全体が薄くなるのではなく、頭皮の一部に境界がはっきりした円形の脱毛斑が現れる特徴があります。
一般的な産後脱毛との違い
産後の女性が経験する脱毛には、生理的脱毛と円形脱毛症の二種類があります。
生理的脱毛は、妊娠中に増加した女性ホルモンが産後に急減することで、成長期にあった髪が一斉に休止期に入り、抜け落ちる現象です。
これは髪全体のボリュームが一時的に減少するもので、通常は産後半年から1年程度で自然に回復します。
一方、産後の円形脱毛症は、自己免疫疾患の一種であり、免疫系が誤って自分の毛根を攻撃することで脱毛が起こります。
脱毛の形状が円形や楕円形であること、特定の部位に集中して現れること、自然回復が難しい場合がある点で生理的脱毛とは根本的に異なります。
脱毛の範囲と形状
生理的脱毛は頭髪全体が均等に薄くなる傾向がありますが、円形脱毛症は明確な境界を持つ円形または楕円形の脱毛斑が特徴です。
発症時期の傾向
生理的脱毛は産後2~3ヶ月頃から始まり、ピークを迎え、円形脱毛症は産後数ヶ月から1年、あるいはそれ以上経過してから発症することもあります。
回復の可能性
生理的脱毛はほとんどの場合、時間とともに自然に改善しますが、円形脱毛症は専門的な治療が必要な場合があります。
円形脱毛症の具体的な発症時期と経過
産後の円形脱毛症は、出産後すぐに現れることもあれば、数ヶ月から1年といった比較的時間が経過してから発症することもあります。
発症のタイミングは個人差が大きいですが、共通して言えるのは、体力の回復期と育児の負担が重なる時期に発生しやすいということです。
症状の進行も様々で、小さな脱毛斑が一つだけ現れる単発型から、複数の脱毛斑が現れる多発型、さらには頭部全体に及ぶ全頭型や全身に及ぶ汎発型へと進行するケースもあります。
発症から進行のパターン
初期には小さな脱毛斑が突然現れ、自覚症状がないこともあり、数週間から数ヶ月で脱毛斑が拡大したり、新たな脱毛斑が出現したりする可能性があります。
再発の可能性
一度改善しても、ストレスや体調の変化によって再発することがあるため、長期的な視点での管理が必要です。
診断の重要性
自己判断は避け、皮膚科医による正確な診断を受けることが、適切な治療への第一歩となります。
産後の円形脱毛症の進行パターン
パターン | 特徴 | 予後 |
---|---|---|
単発型 | 直径数センチの脱毛斑が1箇所のみ | 比較的早期の回復が期待できる |
多発型 | 複数の脱毛斑が頭部に点在 | 回復に時間がかかる場合がある |
蛇行型 | 脱毛斑が後頭部や側頭部を帯状に広がる | 治療が難しく、慢性化しやすい |
産後の円形脱毛症の主な原因
産後の円形脱毛症の正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
女性ホルモンの急激な変化、精神的なストレス、睡眠不足、そして免疫系の異常が大きく関与しています。
ホルモンバランスの急激な変動
妊娠中は女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の分泌が増加し、髪の成長期が延長されるため、通常よりも髪の毛が抜けにくくなります。
しかし、出産を終えるとこれらのホルモンレベルは急激に低下し、この急激なホルモンバランスの変化は、毛周期に大きな影響を与え、円形脱毛症の発症を促す可能性があります。
特に、産後1年までの期間はホルモンバランスが不安定になりやすく、脱毛のリスクが高いです。
ホルモン変化と毛周期
エストロゲンの低下は、成長期にあった毛髪を一斉に休止期へと移行させ、結果的に脱毛を起こすことがあります。
甲状腺機能との関連
ホルモンバランスの乱れは、甲状腺機能にも影響を与えることがあります。甲状腺機能の異常は円形脱毛症と関連があることが知られており、産後の甲状腺炎が引き金となる可能性も考慮すべきです。
育児による心身のストレスと疲労
出産後の育児は、想像以上に肉体的、精神的な負担を伴います。
夜間の授乳による睡眠不足、慣れない育児への不安、社会との隔絶感、そしてホルモンバランスの乱れが重なることで、心身に多大なストレスがかかります。
ストレスは自律神経のバランスを崩し、免疫機能に影響を与える可能性があり、ストレスによる免疫系の乱れが円形脱毛症の発症や悪化に強く関わっていると考えられます。
睡眠不足の影響
睡眠は心身の回復に重要です。慢性的な睡眠不足はストレスを増大させ、免疫力の低下につながる可能性があります。
精神的負担
育児のプレッシャーや周囲のサポート不足も、精神的な負担を大きくし、円形脱毛症のリスクを高めます。
栄養状態の偏り
産後は食事の準備に時間をかけられないことも多く、栄養バランスが偏りがちです。毛髪の成長に必要な栄養素が不足することも、脱毛の一因となることがあります。
自己免疫反応の関与
円形脱毛症は、自己免疫疾患の一種として広く認識されていて、本来体を守るはずの免疫系が、誤って自分の毛根を異物と認識し、攻撃してしまうことで発症します。
なぜ産後にこの自己免疫反応が活発化するのかはまだ不明な点が多いですが、ホルモンバランスの変化、ストレス、遺伝的要因などが複雑に絡み合って、引き金となると考えられています。
また、特定の遺伝的素因を持つ女性は、産後に円形脱毛症を発症するリスクが高いです。
免疫抑制剤の使用
自己免疫疾患であるため、治療には免疫の過剰な働きを抑える免疫抑制剤が用いられることがあります。
遺伝的要因
家族に円形脱毛症の既往がある場合、発症リスクが高まる可能性があります。
その他の自己免疫疾患との併発
円形脱毛症は、アトピー性皮膚炎、橋本病、バセドウ病などの他の自己免疫疾患と併発することがあります。
円形脱毛症を引き起こす主な要因
要因 | 内容 | 影響 |
---|---|---|
ホルモン変動 | 産後の急激な女性ホルモン低下 | 毛周期の乱れ、免疫系への影響 |
ストレス | 育児による心身の疲労、不安 | 自律神経の乱れ、免疫機能の低下 |
遺伝的要因 | 家族に円形脱毛症の既往がある | 発症リスクの増加 |
円形脱毛症の種類と症状
円形脱毛症と一口に言っても、種類や症状は多岐にわたります。
脱毛斑の大きさや数、発生部位によって分類され、それぞれに異なる特徴があり、産後に発症する円形脱毛症も、これらのいずれかのタイプに該当します。
単発型と多発型
円形脱毛症の中で最も多く見られるのが「単発型」で、頭皮に一つの円形または楕円形の脱毛斑が現れるものです。脱毛斑の大きさは数ミリから数センチ程度で、自覚症状がないことも少なくありません。
「多発型」は、頭皮に複数の脱毛斑が同時に、あるいは時間差で現れるタイプです。
脱毛斑同士が融合して大きな脱毛エリアを形成することもあり、多発型は単発型に比べて症状が重く、治療に時間がかかる傾向があります。
単発型の特徴
単発型の脱毛斑は、頭皮のどこにでも現れる可能性があり、後頭部や側頭部に多く見られます。
多発型の特徴
多発型の脱毛斑は、頭部全体に散らばることもあれば、特定の領域に集中して現れることもあります。
蛇行型と全頭型、汎発型
より重度の円形脱毛症として、「蛇行型」「全頭型」「汎発型」があります。蛇行型は、脱毛斑が後頭部から側頭部にかけて帯状に広がり、生え際が蛇が這うように見えることから名付けられました。
治療が非常に難しいタイプの一つで、全頭型は、頭部全体の毛髪がすべて抜け落ちてしまう状態です。
そして、汎発型は、頭部だけでなく、眉毛、まつげ、体毛など全身の毛がすべて抜け落ちてしまう最も重症なタイプで、早期の専門的な介入が求められます。
蛇行型の進行
蛇行型は、子どもや若年層に多く見られ、一度発症すると慢性化しやすい傾向があります。
全頭型の影響
全頭型は見た目の変化が大きく、患者さんの精神的な苦痛が非常に大きいです。
汎発型の包括的影響
汎発型は、美容的な問題だけでなく、体毛の欠如による体温調節機能への影響など、健康面での影響も考慮が必要です。
爪の変形や他の症状の併発
円形脱毛症は、毛髪だけでなく、爪にも症状が現れることがあり、爪に点状のくぼみ(点状陥凹)ができたり、爪の表面がでこぼこになったり、縦筋が入ったりする変形が見られることがあります。
これは、爪と毛髪が同じケラチンというタンパク質からできているため、自己免疫反応が爪にも影響を及ぼすためと考えられています。
また、アトピー性皮膚炎、甲状腺疾患(橋本病、バセドウ病)、尋常性白斑などの自己免疫疾患を併発することもあり、症状が現れた場合円形脱毛症以外の疾患も考慮し、医療機関で詳細な検査を受けることが重要です。
爪の症状の具体
- 点状陥凹(小さな点状のくぼみ)
- 横溝や縦溝(爪の表面の凹凸)
- 爪の剥離(爪が爪床から浮き上がる)
- 爪の濁りや変色
併発しやすい疾患
疾患名 | 特徴 |
---|---|
アトピー性皮膚炎 | 皮膚の炎症とかゆみ |
甲状腺疾患 | ホルモンバランスの異常、体重変動、疲労感など |
尋常性白斑 | 皮膚に白い斑点が現れる |
産後の円形脱毛症と診断されたら
産後に円形脱毛症の兆候に気づいたら、まずは落ち着いて適切な対応をすることが大切です。
自己判断で市販の育毛剤などを使用するのではなく、専門の医療機関を受診し、正確な診断を受けることから始めましょう。
専門医の受診を検討する
脱毛の症状に気づいたら、まずは皮膚科を受診することをお勧めします。特に、円形脱毛症は専門的な知識と経験が求められるため、皮膚科の中でも脱毛症治療に詳しい医師を選ぶことが望ましいです。
医師は、脱毛斑の状態を視診で確認するだけでなく、毛髪のけん引テスト、ダーモスコピー検査、血液検査などを行い、円形脱毛症であるかどうか、また他の疾患の可能性がないかを判断します。
血液検査では、甲状腺機能の異常や自己抗体の有無などを確認することがあります。
受診時のポイント
- いつから脱毛が始まったか、具体的な症状や進行状況を伝える
- 家族に円形脱毛症の既往があるか、他の持病があるかなどを伝える
- 産後の体調や育児の状況なども詳しく説明する
診断の流れと検査内容
医師は、患者さんの問診を通して、脱毛が始まった時期や進行状況、家族歴、現在の体調、ストレスの有無などを詳しく聞き、次に、脱毛斑の形状や大きさ、毛根の状態を視診やダーモスコピーで確認します。
ダーモスコピーは、毛根や毛包の状態を拡大して確認できるため、円形脱毛症の特徴的な所見を見つけるのに有用です。
また、必要に応じて、自己免疫疾患や甲状腺疾患などの関連疾患がないかを調べるために血液検査を行うこともあります。
診断フローの概要
検査項目 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
問診 | 発症時期、症状、生活習慣、既往歴など | 全体像の把握 |
視診・ダーモスコピー | 脱毛斑の形状、毛根の状態 | 円形脱毛症の典型的所見の確認 |
血液検査 | ホルモン値、自己抗体、炎症反応など | 関連疾患の除外、全身状態の確認 |
医師との相談で治療方針を決定
円形脱毛症の治療には、ステロイドの局所注射や外用薬、内服薬、紫外線療法など、さまざまな選択肢があります。
産後の女性の場合、授乳の有無や体への負担を考慮しながら、最も適切で安全な治療法を選択することが必要です。
医師は、患者様の症状の重症度、脱毛の範囲、進行のスピード、そして個人のライフスタイルや希望を考慮して、治療計画を提案します。
治療方針決定の考慮事項
- 症状の重症度(単発型か多発型か、全頭型かなど)
- 脱毛の活動性(進行中か、停滞しているか)
- 患者様の年齢や体調(産後の体力回復状況など)
- 授乳の有無(薬剤の影響を考慮)
産後の円形脱毛症への対策
産後の円形脱毛症は、身体的・精神的な負担が大きい時期に発症するため、対策を講じることが非常に大切です。医療機関での治療はもちろんのこと、日常生活における工夫も、症状の改善と再発防止に繋がります。
医療機関での治療の選択肢
円形脱毛症の治療は、自己免疫反応を抑え、毛髪の再生を促すことを目的とします。産後の女性には、体への負担が少なく、授乳に影響を与えにくい治療法が推奨されます。
局所免疫療法
局所免疫療法は、脱毛部にDPCP(ジフェニルシクロプロペノン)などの化学物質を塗布し、人工的にかぶれを起こさせることで、毛根への免疫攻撃を抑制する方法です。
比較的安全性が高く、産後の女性にも適用されることがあります。治療効果が現れるまでに時間がかかる場合がありますが、全身への影響が少ないです。
ステロイド局所注射・外用
脱毛斑に直接ステロイドを注射したり、外用薬を塗布したりする方法です。
ステロイドには免疫抑制作用と抗炎症作用があり、毛根への攻撃を抑える効果が期待でき、範囲が狭い単発型などに有効ですが、注射の場合は痛みを伴うことがあります。
産後の場合、授乳の有無や全身への影響を考慮して使用量を調整します。
紫外線療法(PUVA療法・エキシマライト)
紫外線療法は、特定の波長の紫外線を脱毛部に照射することで、免疫細胞の働きを調整し、毛髪の再生を促す治療法です。
特に、エキシマライトは脱毛斑にピンポイントで照射できるため、周囲の皮膚への影響が少なく、産後の女性にも選択肢となることがあります。定期的な通院が必要ですが、副作用は低いです。
その他の治療法
ミノキシジルの外用薬や内服薬、局所免疫療法など、症状や患者様の状態に応じて様々な治療法が検討されます。医師と十分に相談し、ご自身の状況に合った治療法を選択することが重要です。
円形脱毛症の主な治療法と特徴
治療法 | 目的 | 副作用 |
---|---|---|
局所免疫療法 | 毛根への免疫攻撃を抑制 | かぶれ、かゆみ |
ステロイド局所注射 | 免疫抑制、抗炎症 | 痛み、皮膚の萎縮 |
紫外線療法 | 免疫細胞の調整、毛髪再生促進 | 日焼け、色素沈着 |
食生活の見直しと栄養バランス
健康な毛髪の成長には、バランスの取れた食事が欠かせません。産後は育児に追われ、自分の食事を疎かにしがちですが、意識的に栄養バランスを整えることが大切です。
タンパク質の摂取
毛髪の主成分はケラチンというタンパク質で、良質なタンパク質(肉、魚、卵、大豆製品など)を積極的に摂取しましょう。
ビタミン・ミネラル
ビタミンB群、ビタミンC、E、亜鉛、鉄分などは、毛髪の成長や頭皮の健康に重要な役割を果たすので、野菜、果物、海藻類などをバランス良く摂ることが大切です。
避けるべき食品
過度な糖分や脂質の摂取は、頭皮環境を悪化させる可能性があります。加工食品やインスタント食品の摂取は控えめにしてください。
ストレス管理とリラックス
ストレスは円形脱毛症の大きな原因の一つで、産後は特にストレスを抱えやすいため、意識的にストレスを軽減し、リラックスする時間を持つことが大事です。
十分な睡眠の確保
育児でまとまった睡眠を取ることが難しいかもしれませんが、隙間時間を見つけて仮眠を取るなど、可能な限り睡眠時間を確保してください。家族やパートナーに協力してもらうことも重要です。
適度な運動
軽いストレッチやウォーキングなど、無理のない範囲で体を動かすことは、ストレス解消に役立ちます。新鮮な空気を吸いながら、気分転換を図りましょう。
日常生活でできること
医療機関での治療と並行して、日常生活の中でできる工夫も円形脱毛症の改善に貢献し、頭皮と毛髪を優しくケアし、健康的な生活習慣を心がけることが重要です。
頭皮と毛髪の優しいケア
脱毛斑がある場合、その部位の頭皮は非常にデリケートになっているので、刺激を与えない優しいケアを心がけましょう。
シャンプーの選び方と洗い方
刺激の少ない低刺激性のシャンプーを選び、優しく頭皮をマッサージするように洗い、爪を立てずに指の腹で洗い、すすぎは念入りに行ってください。
ドライヤーの使用方法
熱風は頭皮に負担をかけるため、ドライヤーは低温設定にし、髪から少し離して使用し、完全に乾かすのではなく、半乾きの状態で自然乾燥させることも有効です。
ブラッシングと摩擦の軽減
ブラッシングは優しく行い、絡まりやすい場合は無理に引っ張らないようにしましょう。帽子やウィッグを使用する場合も、通気性の良い素材を選び摩擦を避けることが大切です。
生活習慣の改善と育児のサポート
産後の生活は不規則になりがちですが、できる限り規則正しい生活を心がけることが体力の回復とストレス軽減に繋がります。
規則正しい生活リズム
可能な範囲で、決まった時間に就寝・起床し、規則正しい生活リズムを維持することで、自律神経の安定にも寄与します。
適度な運動と休息
無理のない範囲で体を動かし、気分転換を図り、同時に、疲労を感じたら無理せず休息を取ることも大切です。
育児のサポート体制の構築
一人で抱え込まず、家族やパートナー、地域の支援サービスなどを積極的に利用しましょう。育児の負担を分散させることで、心身のゆとりが生まれます。
心理的なサポートと前向きな姿勢
円形脱毛症は外見の変化を伴うため、精神的な負担が大きくなりがちです。一人で悩まず、周囲のサポートを得ながら前向きな気持ちで過ごすことが大切です。
悩みや不安の共有
家族や友人、信頼できる人に悩みを打ち明け、気持ちを共有しましょう。同じ悩みを抱える人々のコミュニティに参加することも、心の支えになります。
医療機関での治療の選択肢
産後の円形脱毛症の治療は、出産後のデリケートな体調や授乳の有無を考慮しながら進めることが重要です。自己免疫反応を抑え、毛髪の再生を促すことを目的とした様々な治療法があります。
局所免疫療法とその適用
局所免疫療法は、脱毛部に特殊な薬剤(DPCPなど)を塗布し、皮膚に軽いかぶれ(人工的なアレルギー反応)を起こさせることで、過剰になった免疫反応の方向を転換させ、毛根への攻撃を抑制する治療法です。
脱毛斑が広範囲に及ぶ場合や、他の治療法で効果が見られない場合に選択されることがあります。産後の女性の場合も、授乳の有無を考慮し、全身への影響が少ないため、比較的安全な選択肢です。
治療のメカニズム
免疫系を毛根への攻撃から薬剤への反応へとシフトさせることで、毛包の回復を促します。
治療の進め方
週に1回から数週間に1回の頻度で通院し、薬剤を塗布し、かぶれの程度を調整しながら、患者さんの反応を見ながら治療を進めます。
注意事項
治療中は皮膚がかぶれた状態になるため、かゆみや赤みが生じることがあり、また、治療効果が現れるまでに数ヶ月かかる場合もあります。
ステロイド療法とその効果
ステロイドは強力な免疫抑制作用と抗炎症作用を持つ薬剤で、円形脱毛症の治療に広く用いられます。産後の女性の場合、その使用方法には特に注意が必要です。
ステロイド局所注射
脱毛斑に直接ステロイドを注射する方法で、炎症を迅速に抑え、毛髪の再生を促す効果が期待できます。主に、脱毛斑が単発で比較的小さい場合に有効です。
注射時の痛みや、注射部位の皮膚がへこむ(萎縮)可能性などの副作用があります。
ステロイド外用薬
脱毛部にステロイドの軟膏やローションを塗布する方法で、局所注射に比べて効果は緩やかですが、副作用のリスクが低く、自宅で手軽に行える点が特徴です。
広範囲の脱毛や、注射が難しい部位に適していて、産後の女性の場合、授乳への影響を考慮して、医師が適切な種類と濃度を選択します。
ステロイド内服薬
重症の円形脱毛症や急速に進行するケースで、短期間集中的に内服薬が使用されることがあり、全身に作用するため、副作用のリスクも高まります。
産後の女性、授乳中の場合は、内服薬の使用は慎重に検討されます。
ステロイド治療の種類と適用
治療法 | 特徴 | 適用されるケース |
---|---|---|
局所注射 | 脱毛斑に直接投与、即効性 | 小さな脱毛斑、単発型 |
外用薬 | 自宅で塗布、副作用リスク低い | 広範囲の脱毛、軽度〜中等度 |
内服薬 | 全身作用、短期間集中 | 重症例、急速進行型 |
紫外線療法とその他の治療法
紫外線療法も円形脱毛症の治療選択肢の一つです。特定の波長の紫外線を脱毛部に照射することで、毛根を攻撃している免疫細胞の活動を抑制し、毛髪の再生を促します。
エキシマライト療法
エキシマライトは、円形脱毛症の治療に特化した医療用紫外線治療器です。脱毛斑にピンポイントで紫外線を照射できるため、周囲の皮膚へのダメージを最小限に抑えつつ、効果的な治療が期待できます。
比較的安全性も高く、産後の女性にも適用されることがあり、週に1〜2回程度の頻度で通院して行います。
その他の治療法
- ミノキシジル外用薬 毛包に作用し、毛髪の成長を促す効果が期待できます。単独で使用することもあれば、他の治療と併用することもあります。
- 抗ヒスタミン薬 脱毛斑のかゆみが強い場合に処方されることがあります。
- 精神的ケア ストレスが円形脱毛症の発症や悪化に大きく関与している場合、心療内科医やカウンセラーとの連携も重要です。
よくある質問
産後の円形脱毛症に関する疑問は多く、不安を感じる方もいることでしょう。ここでは、よく寄せられる質問にお答えし、皆様の疑問を解消します。
- Q円形脱毛症は自然に治りますか?
- A
円形脱毛症は、比較的軽い単発型の場合、自然に治ることもあります。特に、脱毛斑が小さく、一つだけであれば、数ヶ月から1年程度で毛が生えてくることがあります。
しかし、多発型や蛇行型、全頭型、汎発型といった重症なタイプでは、自然回復が難しいケースが多く、放置すると進行してしまう恐れもあります。
また、一度治っても再発する可能性もある疾患です。
- Q産後の円形脱毛症は遺伝しますか?
- A
家族の中に円形脱毛症の人がいる場合、発症リスクが若干高まる可能性はありますが、遺伝だけで必ず発症するわけではありません。
遺伝的素因に加えて、ホルモンバランスの変動、ストレス、免疫系の異常など、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
産後の女性の場合、出産による体への大きな負担や、育児によるストレスが、遺伝的素因を持つ人の発症の引き金となることがあります。
- Q授乳中でも治療はできますか?
- A
授乳中の女性が円形脱毛症の治療を受ける場合、赤ちゃんへの影響を考慮して、使用できる薬剤や治療法が限られることがあります。
内服薬の中には母乳移行する可能性のあるものもあるため、慎重な検討が必要です。
しかし、局所免疫療法やステロイドの局所注射、外用薬、紫外線療法(エキシマライトなど)は、全身への影響が少ないため、授乳中でも比較的安全に適用できることがあります。
必ず、治療を開始する前に医師に授乳中であることを伝え、赤ちゃんへのリスクと治療のメリットを十分に相談し、納得した上で治療方針を決定してください。
参考文献
Eastham JH. Postpartum alopecia. Annals of Pharmacotherapy. 2001 Feb;35(2):255-8.
Hirose A, Terauchi M, Odai T, Fudono A, Tsurane K, Sekiguchi M, Iwata M, Anzai T, Takahashi K, Miyasaka N. Postpartum hair loss is associated with anxiety. Journal of Obstetrics and Gynaecology Research. 2024 Dec;50(12):2239-45.
Ansari K, Pourgholamali H, Sadri Z, Ebrahimzadeh-Ardakani M. Investigating the prevalence of postpartum hair loss and its associated risk factors: a cross-sectional study. Iranian Journal of Dermatology. 2021;24(4):295-9.
Jagadeesan S, Nayak P. Disorders of Hair in Pregnancy and Postpartum. InSkin and Pregnancy 2025 (pp. 58-70). CRC Press.
Wallace ML, Smoller BR. Estrogen and progesterone receptors in androgenic alopecia versus alopecia areata. The American journal of dermatopathology. 1998 Apr 1;20(2):160-3.
Hirose A, Terauchi M, Odai T, Fudono A, Tsurane K, Sekiguchi M, Iwata M, Anzai T, Takahashi K, Miyasaka N. Investigation of exacerbating factors for postpartum hair loss: a questionnaire-based cross-sectional study. International Journal of Women’s Dermatology. 2023 Jun 1;9(2):e084.
Thiedke CC. Alopecia in women. American family physician. 2003 Mar 1;67(5):1007-14.