女性にとって髪は、容姿の印象を大きく左右する大切な部分なので、薄毛の悩みは非常に深刻であり、専門的な治療を考え始める方も少なくありません。
しかし、いざ治療へ一歩を踏み出そうとすると、まず気になるのが費用ではないでしょうか。
特に、薄毛治療に健康保険が適用されるのか、それとも全額自己負担になるのかは、治療を続ける上で極めて重要な問題です。
この記事では、女性の薄毛治療について、どのような場合に保険適用となり、どのような場合に適用外(自由診療)となるのかを詳しく解説します。
なぜ薄毛治療の費用は分かりにくいのか 保険診療と自由診療
薄毛治療の費用について調べ始めると、価格がクリニックによって大きく異なり、全体像が掴みにくいと感じる方が多いです。
その理由は、薄毛治療には大きく分けて保険診療と自由診療という二つの異なる枠組みがあるためです。
保険診療の基本的な考え方
保険診療とは、国が定めたルールに基づいて行われる医療行為のことです。
健康保険制度は、病気やケガの治療にかかる医療費の負担を軽減することを目的としているため、医師が診察の結果、薄毛の原因を病気であると診断した場合にのみ、健康保険が適用されます。
この場合、患者さんが窓口で支払う自己負担額は、かかった医療費総額の原則1割から3割となり、残りは保険から支払われます。
自由診療の基本的な考え方
自由診療とは、公的な健康保険が適用されない医療行為全般を指します。
薄毛の原因が、病気ではなく加齢や体質的なものと判断された場合、治療は容姿の向上を目的とした美容医療の一環と見なされ、自由診療となり、治療にかかる費用は全額自己負担(10割負担)です。
また、料金は国による定めがなく、各クリニックが独自に設定できるため、医療機関によって治療内容や費用に大きな差が生まれます。
保険診療と自由診療の主な違い
項目 | 保険診療 | 自由診療 |
---|---|---|
目的 | 病気の治療 | QOL(生活の質)や容姿の向上 |
自己負担割合 | 原則1~3割 | 10割(全額自己負担) |
料金設定 | 国が定めた全国一律の価格 | クリニックが独自に設定 |
女性の薄毛治療における二つの枠組み
女性の薄毛治療は、二つの枠組みが混在している分野です。
円形脱毛症のように明確な病気であれば保険診療、加齢などが原因の女性型脱毛症(FAGA)であれば自由診療、というように、原因によって適用される制度が全く異なります。
薄毛治療と一括りにはできず、ご自身の薄毛の原因がどちらに該当するのかを、まず医師に正確に診断してもらうことが、費用を考える上での出発点です。
保険適用となる女性の薄毛とその治療法
それでは、具体的にどのような薄毛が病気として扱われ、保険診療の対象となるのでしょうか。
ここでは、女性の薄毛治療で保険が適用される代表的な疾患と、その際に行われる治療法について解説します。
円形脱毛症
円形脱毛症は免疫機能の異常により、自身の毛包組織を異物と間違えて攻撃してしまう自己免疫疾患の一種です。
突然、円形や楕円形の脱毛斑が生じるのが特徴で、明確な疾患として扱われるため、治療は保険適用となります。
治療法は症状の範囲や進行度に応じて選択しますが、主にステロイド外用薬、血行促進薬(フロジン液など)、抗アレルギー薬の内服が基本です。
範囲が広い場合や難治性の場合は、ステロイド局所注射、局所免疫療法、紫外線療法などのより専門的な治療を検討します。
脂漏性皮膚炎や接触皮膚炎に伴う脱毛
頭皮の環境が悪化し皮膚炎が原因で抜け毛が起きる場合も、皮膚炎の治療として保険が適用されます。
代表的なのが脂漏性皮膚炎で、皮脂の過剰分泌によりマラセチアという常在菌が増殖し、頭皮に炎症を起こします。
炎症が毛根にダメージを与え、脱毛につながるので、治療は炎症を抑えるステロイド外用薬と、原因菌を抑える抗真菌薬の外用が中心です。
また、シャンプーやヘアケア製品が肌に合わず、かぶれ(接触皮膚炎)を起こしている場合も同様に、原因物質の使用を中止し、炎症を抑える治療を行います。
保険適用となる主な脱毛症
疾患名 | 主な原因 | 保険で行う主な治療 |
---|---|---|
円形脱毛症 | 自己免疫機能の異常 | ステロイド外用・注射、紫外線療法 |
脂漏性脱毛症 | 皮脂過剰、マラセチア菌の増殖 | 抗真菌薬、ステロイド外用薬 |
全身性疾患に伴う脱毛 | 貧血、甲状腺疾患、膠原病など | 原因となっている疾患の治療 |
全身性の病気に伴う脱毛症状
体の内部の病気が、髪の毛という形でサインを発していることがあります。特に女性に多い鉄欠乏性貧血では、髪の成長に必要な栄養が不足し、全体的に髪が細く抜けやすくなります。
また、甲状腺機能の異常(亢進症・低下症)も、ヘアサイクルを乱し脱毛の原因です。疾患が疑われる場合皮膚科ではまず血液検査を行い、異常が見つかれば内科などの専門科と連携して治療を進めます。
原因疾患の治療そのものには、健康保険が適用されます。
保険診療でかかる費用の内訳と目安
保険診療で薄毛治療を受ける場合、具体的にどのくらいの費用がかかるのでしょうか。ここでは、一般的な3割負担のケースを想定して、初診から治療までにかかる費用の内訳と目安を解説します。
初診料・再診料
医療機関を初めて受診した際には必ず初診料がかかり、2024年現在初診料は288点ですので、3割負担で約860円です。2回目以降の診察では再診料がかかり、これは73点なので約220円となります。
紹介状なしに大病院を受診した場合などは、追加の料金がかかります。
検査にかかる費用
薄毛の原因を正確に診断するために、いくつかの検査が行われることがあります。
医師が頭皮の状態を拡大して観察するダーモスコピー検査は、通常は診察料に含まれますが、全身疾患の可能性を調べるための血液検査は、別途費用が必要です。
検査する項目数によって費用は変動しますが、貧血や甲状腺機能などを調べる一般的な検査であれば、3割負担で1,500円~4,000円程度が目安になります。
薬剤費・処置料
ステロイドの塗り薬や抗真菌薬のローションなどは、種類や量にもよりますが、1ヶ月分で数百円から1,000円程度が目安で、内服薬が処方された場合も同様です。
また、円形脱毛症でステロイドの局所注射や紫外線療法といった処置を行った場合は、薬剤費とは別に処置料がかかります。これも内容によりますが、1回あたり数百円から数千円程度の負担です。
保険診療(3割負担)の費用シミュレーション
項目 | 費用目安 |
---|---|
初診料 | 約860円 |
血液検査 | 約1,500円~4,000円 |
薬剤費(1ヶ月分) | 約500円~1,500円 |
初月合計の目安 | 約2,860円~6,360円 |
再診料+薬剤費(2ヶ月目以降) | 約720円~1,720円/月 |
保険適用外(自由診療)となる女性の薄毛治療
女性の薄毛の悩みで最も一般的な原因である女性型脱毛症(FAGA)は、残念ながら病気とは見なされず、治療は保険適用外の自由診療です。
女性型脱毛症(FAGA)と保険適用の壁
FAGAは主に加齢による女性ホルモンの減少や、遺伝的な要因が関与して、髪の毛が全体的に細くなり、密度が低下する状態です。
生命に直接影響を及ぼすものではなく、治療はQOL(生活の質)や外見の改善を目的とすることから、公的医療保険制度の趣旨である疾病の治療には当たらないと解釈されています。
このため、FAGAの診断・治療にかかる費用は全額が自己負担で、男性のAGA治療と同じです。
自由診療で選択できる治療法の種類
自由診療の最大のメリットは保険の枠に縛られず、より効果的で先進的な治療法を選択できる点にあります。
皮膚科や専門クリニックで行われる治療法
- ミノキシジル外用薬:発毛効果が医学的に証明されている成分で、医療機関では市販薬より高濃度の製剤を処方可能です。
- スピロノラクトン内服薬:男性ホルモンの影響を抑えることで、FAGAの進行を抑制します。
- 各種栄養サプリメント:パントガールに代表されるような、髪の成長に特化したビタミン、ミネラル、アミノ酸などを配合した医療機関専売のサプリメントです。
- 注入療法(メソセラピー):発毛を促進する成長因子などを、注射で直接頭皮に注入する、より積極的な治療法です。
自由診療を選択する際の心構え
自由診療は効果的な治療が期待できる一方で、経済的な負担が大きくなるという側面があります。治療は長期間にわたるため、無理なく継続できるかどうかを慎重に見極める必要があります。
また、自由診療には様々な治療法がありますが、効果や安全性には差があり、医師から十分な説明を受け、ご自身が納得できる治療法を選択することが何よりも重要です。
自由診療の費用相場と内訳
自由診療の費用はクリニックが自由に設定できるため、医療機関によって大きく異なります。治療を検討する上で、おおよその費用相場を知っておくことは、クリニック選びの重要な基準です。
ここでは、一般的な治療内容ごとの費用相場とその内訳を解説します。
初診・カウンセリング料
自由診療を専門とするクリニックでは、初診時にカウンセリング料や初診料がかかるのが一般的です。相場としては、5,000円から10,000円程度ですが、中には無料カウンセリングを実施しているところもあります。
料金には、医師による専門的な診察や、今後の治療方針に関する相談費用が含まれます。
内服薬・外用薬の費用相場
FAGA治療の基本となる、内服薬と外用薬の月々にかかる費用の目安は以下の通りです。単剤で用いることも、組み合わせて用いることもあります。
FAGA治療薬の月額費用相場
治療薬 | 費用相場(月額) |
---|---|
ミノキシジル外用薬 | 10,000円~15,000円 |
スピロノラクトン内服薬 | 5,000円~10,000円 |
栄養補助サプリメント | 8,000円~12,000円 |
内服薬と外用薬を組み合わせる場合は、合計で月に20,000円から30,000円程度です。
注入療法などの特殊な治療の費用
より積極的な治療である頭皮への注入療法(メソセラピー)は、効果が期待できる分、費用も高額になります。1回あたりの料金で設定されていることが多く、相場は30,000円から80,000円程度です。
治療初期は2週間から1ヶ月に1回のペースで行い、その後は間隔を空けていくのが一般的で、年間の費用は数十万円単位になることもあります。
費用の総額と支払い方法の確認
自由診療を受ける際は月々の費用だけでなく、治療全体でどのくらいの期間と総額がかかるのか、おおよその見通しを契約前に確認することが大切です。
また、支払い方法についても、現金のみか、クレジットカードが使えるか、あるいは医療ローンなどの分割払いに対応しているかを確認しておきましょう。
経済的な計画をしっかりと立てることが、安心して治療を続けるための鍵となります。
薄毛治療の費用を抑えるためのポイント
薄毛治療、特に自由診療は経済的な負担が少なくありませんが、いくつかのポイントを押さえることで、負担を少しでも軽減することが可能です。
早期に受診し、的確な診断を受ける
最も基本的ながら重要なのは、悩んだらできるだけ早く医療機関を受診することです。症状が軽いうちに治療を開始できればそれだけ治療期間が短く済み、結果的に総額費用を抑えることにつながります。
また、自己判断で市販品を試して時間とお金を費やすよりも、最初に医師の的確な診断を受け、自分の薄毛の原因に合った治療法を選択することが、最も効率的で経済的なアプローチです。
ジェネリック医薬品(後発医薬品)の活用
治療薬の中には、ジェネリック医薬品(後発医薬品)があります。ジェネリック医薬品は、新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に販売される、同じ有効成分で同等の効果を持つ薬です。
開発コストが抑えられているため、薬の価格が安く設定されていて、保険診療、自由診療を問わず、ジェネリック医薬品を選択することで、薬剤費の負担を大きく軽減できます。
希望する場合は、診察時に医師に相談してみましょう。
医療費控除の対象となるか確認する
医療費控除とは、1年間に支払った医療費が一定額を超えた場合に、所得税や住民税が軽減される制度です。
FAGA治療などの美容目的と見なされる自由診療は、原則として医療費控除の対象外ですが、円形脱毛症など、医師が病気の治療として行った医療行為であれば、保険診療・自由診療を問わず対象となります。
また、治療のために医薬品を購入した場合も対象に含まれることがあります。年間の医療費が高額になった場合は、確定申告の際に税務署や税理士に相談してください。
医療費控除の概要
項目 | 内容 |
---|---|
対象となる医療費 | その年の1月1日から12月31日までに支払った医療費 |
計算方法 | (支払った医療費の合計額 - 保険金などで補てんされる金額)- 10万円 |
手続き | 確定申告の際に、医療費控除の明細書を添付して申告する。 |
よくある質問
女性の薄毛治療の保険適用と費用に関して、多くの方が抱く疑問について、Q&A形式でお答えします。
- Qなぜ女性型脱毛症(FAGA)は病気と見なされないのですか
- A
日本の公的医療保険制度は、国民が等しく質の高い医療を少ない負担で受けられるようにするための制度ですが、財源には限りがあります。
そのため、何を保険適用の病気とするかについては、生命の危険性や機能的な障害の程度などが基準となります。
FAGAは、心身の苦痛は大きいものの、直接的に生命を脅かしたり、体の機能を損なったりするものではないと判断されるため、現状では美容の範疇とされ保険適用外です。
- Q初診でかかる費用はだいたいどのくらいですか
- A
受診する医療機関と、ご自身の薄毛の原因によって大きく異なります。
保険適用の可能性がある皮膚科を受診した場合、3割負担で初診料・検査料・1ヶ月分の薬剤費を合わせて、おおよそ3,000円から7,000円程度が目安です。
自由診療のクリニックを受診した場合、カウンセリング料、検査料、1ヶ月分の薬剤費を合わせて、20,000円から40,000円程度が初月にかかる費用の目安となります。
- Q治療費が高いクリニックの方が効果も高いのでしょうか
- A
一概にそうとは言えません。自由診療の費用は、使用する薬剤の種類や濃度、治療機器、クリニックの立地や人件費など、様々な要素で決まります。
費用が高いことが、必ずしもご自身にとって良い治療であるとは限りません。大切なのは、費用に見合った治療内容であるか、そしてその治療法がご自身の症状や希望に合っているかです。
料金の安さや高さだけで判断せず、カウンセリングで医師の説明をよく聞き、治療内容を十分に理解した上で、納得できるクリニックを選ぶことが重要です。
- Q途中で治療をやめた場合、返金制度などはありますか
- A
自由診療の場合、多くのクリニックでは、一度支払った治療費や購入した薬剤の返金には応じていないのが一般的です。
複数月分の治療をまとめて契約するコース料金などの場合は、中途解約の際の返金ルールがどうなっているかを、契約前に必ず書面で確認しておく必要があります。万
が一の事態に備え、解約・返金ポリシーが明確な、誠実なクリニックを選びましょう。
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