出産という大仕事を終えた多くの女性が直面する、産後の抜け毛。ごっそりと髪が抜ける経験に、驚きや不安を感じる方は少なくありません。

一方で、産後の抜け毛がほとんどなかった、気にならなかったという方もいます。違いはどこにあるのでしょうか。

この記事では、産後の抜け毛の背景にある体の変化を解説し、抜け毛が気にならない人の特徴を探ります。

その上で、健やかな髪と頭皮を保つための食事、ヘアケア、生活習慣など、今日から実践できる予防法を詳しく紹介します。

目次

そもそも産後の抜け毛とは?多くの女性が経験する自然な変化

産後の抜け毛は分娩後脱毛症とも呼ばれ、出産を経験した女性の多くに起こる生理的な現象で、妊娠・出産に伴うホルモンバランスの劇的な変化が主な原因です。

女性ホルモンの変動とヘアサイクル

髪の毛には一本一本に寿命があり、成長期、退行期、休止期というサイクルを繰り返します。

通常、髪の約90%は成長期にあり数年間伸び、その後、成長が止まる退行期を経て、数ヶ月間の休止期に入り、やがて自然に抜け落ちます。そしてまた新しい髪が同じ毛穴から生えてくるのです。

妊娠中は、女性ホルモンの一種であるエストロゲンの分泌量が非常に高くなります。

エストロゲンには髪の成長期を維持する働きがあるため、妊娠中は本来なら休止期に入って抜けるはずの髪の毛が抜けにくくなり、毛量が増えたように感じることがあります。

なぜ抜け毛が起こるのか

出産を終えると、エストロゲンの分泌量は急激に妊娠前の状態まで減少します。

これまで成長期が維持されていた髪の毛が一斉に休止期へと移行し、出産から数ヶ月後に、本来抜けるはずだった髪の毛がまとめて抜け落ちてしまうのです。

いつから始まり、いつまで続くのか

産後の抜け毛が始まる時期や続く期間には個人差がありますが、多くの人が変化に気づき始めるのは産後2〜3ヶ月頃からで、産後4〜6ヶ月頃に抜け毛のピークを迎えることが多いです。

その後は徐々に抜け毛の量が減少し新しい髪が生え始め、ほとんどの場合、産後半年から1年ほどで元の毛量に戻ります。

産後の抜け毛の一般的な経過

時期状態主な特徴
産後2〜3ヶ月抜け毛の始まりシャンプー時やブラッシング時に抜け毛の増加を感じ始める。
産後4〜6ヶ月ピーク期排水溝に溜まる髪の量や、枕元の抜け毛が最も多くなる時期。
産後6ヶ月〜1年回復期抜け毛が徐々に減少し、新しい短い毛(アホ毛)が目立ち始める。

産後の抜け毛は全ての女性に起こるのか

産後の抜け毛は多くの女性が経験しますが、その程度には大きな個人差があります。

ホルモン変動という基本的な原因は共通していても、抜け毛の量が少なくほとんど気にならなかったという人もいれば、分け目が目立つほど深刻に悩む人もいます。

この差は、もともとの毛量、髪の太さ、生活習慣、ストレスの度合いなど、様々な要因が複雑に関係しています。

産後の抜け毛がなかったと感じる人の特徴

産後の抜け毛が気にならなかったという人は、どのような特徴を持っているのでしょうか。

医学的に抜け毛が全くないということは考えにくいですが、体感としてそう感じられる背景にはいくつかの要因が考えられます。

もともとの毛量が多い

単純な理由ですが、もともとの髪の量が多い人は、ある程度の髪が抜けても全体のボリュームダウンを感じにくい傾向があり、一本一本の髪が太く、しっかりしている場合も同様になります。

産後に抜ける髪の割合が同じでも、元の母数が大きければ見た目の変化が少なく済み、抜け毛がなかったと感じやすいです。

ヘアサイクルの乱れが軽度

出産によるホルモンバランスの変化は誰にでも起こりますが、影響の受けやすさには個人差があります。

ホルモン変動によるヘアサイクルの乱れが比較的軽度で、休止期に入る髪の毛の数がそれほど多くなければ、抜け毛の量も少なく済みます。

生活習慣が安定している

産後は育児に追われ、生活リズムが乱れがちですが、そのような中でも栄養バランスの取れた食事や、質の良い睡眠を意識的に確保できている人は、体の回復がスムーズに進みます。

健やかな髪を育むためには、体全体の健康が土台です。安定した生活習慣は、ホルモンバランスの急激な変化による体への負担を和らげ、ヘアサイクルが正常に戻るのを助ける重要な要素です。

ストレスを上手に管理できている

ストレスは自律神経のバランスを乱し、血管を収縮させて血行不良を起こします。頭皮の血行が悪くなると、髪の毛の成長に必要な栄養素が毛根まで届きにくくなり、抜け毛を助長する原因となります。

産後の慣れない育児や環境の変化は大きなストレス源ですが、家族の協力を得たり、自分なりのリラックス法を見つけたりしてストレスを上手に管理できている人は、抜け毛の悪化を防ぎやすいです。

健やかな髪を育むための栄養バランス

髪の毛は、私たちが日々摂取する栄養素から作られていて、特に、産後は母乳を通じて赤ちゃんに栄養を与えるため、母親自身の栄養が不足しがちです。

意識的にバランスの取れた食事を心がけることが、抜け毛を予防し、新しい髪の成長を促す上で非常に重要になります。

髪の主成分となるタンパク質の重要性

髪の毛の約90%はケラチンというタンパク質で構成されているため、タンパク質が不足すると、健康な髪を作れません。髪が細くなったり、ツヤがなくなったり、伸びるのが遅くなったりする原因にもなります。

肉、魚、卵、大豆製品、乳製品など、良質なタンパク質を毎食の食事に積極的に取り入れましょう。

髪の健康に役立つ主な栄養素

栄養素主な働き多く含む食品
タンパク質髪の主成分であるケラチンを構成する。肉、魚、卵、大豆製品
亜鉛タンパク質の合成を助け、ヘアサイクルを正常に保つ。牡蠣、レバー、牛肉、チーズ
鉄分血液中の酸素を運び、頭皮の血行を促進する。レバー、赤身肉、ほうれん草、ひじき

亜鉛や鉄分などのミネラルを意識する

ミネラルも髪の健康維持には欠かせない栄養素です。

特に亜鉛は、食事から摂取したタンパク質を髪の毛のケラチンに再合成する際に重要な役割を果たし、亜鉛が不足すると髪の成長が妨げられ、抜け毛の原因になることがあります。

鉄分は、血液中のヘモグロビンの成分となり、全身に酸素を運ぶ働きをします。頭皮の血行を良くし、毛根に十分な酸素を届けるためにも、鉄分は必要です。

ビタミンB群とビタミンEの働き

ビタミン類も髪の成長をサポートし、ビタミンB群は頭皮の新陳代謝を活発にし、健康な頭皮環境を維持するのに役立ちます。

中でもビタミンB2やB6は、皮脂の分泌をコントロールし、頭皮の炎症を防ぐ働きがあります。また、ビタミンEには血行を促進する作用があり、毛根に栄養を届けやすくします。

若返りのビタミンとも呼ばれ、抗酸化作用により頭皮の老化を防ぐ効果も期待できます。

バランスの良い食事のための食材

  • 主食:玄米、雑穀米
  • 主菜:鶏むね肉、鮭、豆腐
  • 副菜:ほうれん草のおひたし、ひじきの煮物、わかめの酢の物
  • その他:ナッツ類、果物

毎日のヘアケアで頭皮環境を整える

栄養バランスの取れた食事とともに外側からのケア、つまり毎日のヘアケアも重要です。

正しいシャンプーの選び方と洗い方

シャンプーの目的は髪の汚れだけでなく、頭皮の余分な皮脂や汚れを落とすことです。洗浄力が強すぎるシャンプーは頭皮に必要な皮脂まで奪ってしまい、乾燥やかゆみの原因となることがあります。

産後のデリケートな頭皮にはアミノ酸系など、マイルドな洗浄成分のシャンプーを選ぶのがおすすめです。

洗い方も重要です。シャンプー前にお湯で髪と頭皮を十分に予洗いすると、汚れの7〜8割は落ちると言われています。

シャンプーは手のひらでよく泡立ててから、髪ではなく頭皮につけ、指の腹を使って優しくマッサージするように洗ってください。

また、すすぎ残しは頭皮トラブルの原因になるため、時間をかけて丁寧に洗い流すことが大切です。特に、髪の生え際や襟足はすすぎ残しが多い部分なので注意しましょう。

シャンプーの種類と特徴

シャンプーの種類特徴どんな人におすすめか
アミノ酸系洗浄力がマイルドで、保湿力が高い。頭皮が乾燥しやすい人、敏感な人。
高級アルコール系洗浄力が高く、泡立ちが良い。皮脂の分泌が多い人、さっぱりした洗い上がりが好きな人。
石けん系洗浄力は高いが、アルカリ性で髪がきしみやすい。頭皮をすっきりとさせたい人。リンスでの中和が必要。

頭皮マッサージで血行を促す

頭皮マッサージは硬くなった頭皮をほぐし、血行を促進するのに効果的です。血流が良くなることで、髪の毛を作る毛母細胞に栄養が行き渡りやすくなります。

シャンプー中や、お風呂上がりのリラックスタイムに行うのがおすすめです。指の腹を使い、気持ち良いと感じる程度の力で、頭皮全体を優しく動かすようにマッサージします。

ドライヤーのかけ方と注意点

濡れた髪はキューティクルが開いており、非常にデリケートな状態です。濡れたまま放置すると、雑菌が繁殖しやすくなるだけでなく、摩擦で髪が傷む原因にもなります。

シャンプー後はタオルで優しく水分を拭き取り、できるだけ早くドライヤーで乾かしましょう。

ドライヤーをかける際は髪から15〜20cmほど離し、同じ場所に熱が集中しないように小刻みに動かしながら乾かすのがポイントです。

まずは根元から乾かし始め全体が8割ほど乾いたら、冷風に切り替えて仕上げると、キューティクルが引き締まり、髪にツヤが出ます。

紫外線から頭皮を守る

顔や肌と同じように、頭皮も紫外線のダメージを受けます。紫外線は頭皮を乾燥させ、炎症を起こすだけでなく、髪の毛を作る毛母細胞にもダメージを与え、抜け毛や白髪の原因になることがあります。

外出時には、帽子や日傘を利用したり、頭皮用の日焼け止めスプレーを使ったりして、紫外線対策を心がけましょう。分け目は特に日焼けしやすいので、時々分け目を変えるのも一つの方法です。

心と体の健康を保つ生活習慣

産後の抜け毛対策は栄養やヘアケアだけでなく、生活習慣全体を見直すことが重要です。特に睡眠不足やストレスは、ホルモンバランスや自律神経の乱れに直結し、髪の健康に大きな影響を与えます。

質の良い睡眠を確保する方法

産後は赤ちゃんの授乳やおむつ替えで、まとまった睡眠時間を確保するのが難しい時期です。しかし、髪の成長を促す成長ホルモンは、深い眠りの間に最も多く分泌されます。

睡眠の量だけでなく質を高める工夫が必要です。赤ちゃんが眠っている時間は自分も一緒に休む、昼寝をするなど、細切れでも睡眠時間を確保しましょう。

睡眠の質を高めるためのヒント

項目具体的な方法期待される効果
環境づくり寝室を暗く静かに保つ。自分に合った寝具を使う。リラックス効果、入眠の促進。
就寝前の習慣ぬるめのお風呂にゆっくり浸かる。軽いストレッチを行う。心身の緊張をほぐし、自然な眠りを誘う。
日中の過ごし方日中に適度な運動をする。昼寝は短時間にする。生活リズムを整え、夜の快眠につなげる。

適度な運動がもたらす良い影響

産後の回復状態に合わせて、軽い運動を取り入れることもおすすめです。

ウォーキングやストレッチなどの適度な運動は、全身の血行を促進し、頭皮への血流も改善し、また、運動は気分転換になり、ストレス解消にもつながります。

産褥体操から始め、体調を見ながら少しずつ運動量を増やしていくと良いでしょう。無理はせず、心地よいと感じる範囲で行うことが大切です。

ストレスとの向き合い方とリラックス法

育児の疲れやホルモンバランスの変化から、産後は精神的に不安定になりやすい時期です。ストレスは抜け毛の大敵と認識し、意識的に解消する時間を作りましょう。

手軽にできるリラックス方法

  • 好きな音楽を聴く
  • 温かいハーブティーを飲む
  • ゆっくりと深呼吸をする
  • 短い時間でも趣味に没頭する

短い時間でも自分が心からリラックスできることを見つけることが、心身の健康を保ち、髪の健康にもつながります。

産後の抜け毛と混同しやすい他の脱毛症

産後の抜け毛は一時的なものですが、中には別の原因による脱毛症が隠れている可能性もあります。

抜け毛が1年以上続く場合や、特定の部位だけが極端に抜けるなど、典型的な産後の抜け毛とは異なる症状が見られる場合は注意が必要です。

女性男性型脱毛症(FAGA)

FAGA(Female Androgenetic Alopecia)は女性に見られる男性型脱毛症で、加齢などによるホルモンバランスの変化が主な原因です。頭頂部や分け目を中心に髪が全体的に薄くなります。

産後のホルモン変動がきっかけで発症したり、症状が顕著になったりすることがあります。

産後の抜け毛のように全体的に抜けるのではなく、特定の部位の軟毛化(髪が細く短くなること)が進む場合は、FAGAの可能性も考えられます。

産後の抜け毛とFAGAの比較

項目産後の抜け毛(分娩後脱毛症)女性男性型脱毛症(FAGA)
主な原因出産による急激なホルモン変動。加齢などによるホルモンバランスの変化、遺伝的要因。
脱毛のパターン髪全体が均等に抜ける。頭頂部や分け目を中心に薄くなる。
期間産後1年ほどで自然に回復することが多い。進行性で、自然な回復は期待しにくい。

円形脱毛症

円形脱毛症は自己免疫疾患の一種と考えられており、円形や楕円形に髪が突然抜けるのが特徴です。産後のストレスや疲労が引き金となって発症することもあります。

産後の抜け毛と同時に起こることもあり、自分では気づきにくい場合もあります。また、コイン大の脱毛斑が一つだけでなく、複数できることもあります。

牽引性脱毛症

牽引性脱毛症はポニーテールやきつい編み込みなど、髪を強く引っ張り続ける髪型が原因で起こる脱毛症です。

常に同じ分け目にしていたり、産後の抜け毛を隠すために髪をきつく結んだりすることで、毛根に負担がかかり、生え際や分け目の髪が薄くなることがあります。

髪型を変えることで改善することが多いですが、長期間にわたって頭皮に負担をかけ続けると、毛根がダメージを受けて髪が生えてこなくなる可能性もあります。

専門医への相談を検討するタイミング

産後の抜け毛は多くの場合は自然に回復しますが、過度な心配はさらなるストレスを招きます。

もし、産後1年以上経っても抜け毛が減らない、髪が薄くなる一方だ、特定の場所だけが抜けている、フケやかゆみがひどい、といった症状があれば、一度専門の医療機関に相談してください。

一人で悩まず専門家のアドバイスを受けることで、適切な対処法が見つかり、安心につながることもあります。

よくある質問

ここでは、産後の抜け毛に関して多くの方が抱く疑問について、Q&A形式で解説します。

Q
産後の抜け毛予防に育毛剤は使っても良いですか?
A

産後のデリケートな頭皮に使用できる女性向けの育毛剤や、授乳中でも安全に使えると明記されている製品であれば、使用を検討しても良いでしょう。

育毛剤には頭皮の血行を促進したり、毛根に栄養を与えたりする成分が含まれており、頭皮環境を整える助けになります。

ただし、製品によっては授乳中に使用を推奨しない成分が含まれている場合もあるため、使用前には必ず成分表示や注意書きを確認してください。

Q
授乳中にサプリメントを摂取しても問題ありませんか?
A

髪に良いとされる栄養素を補うためにサプリメントを利用したいと考える方もいますが、授乳中は母親が摂取した成分が母乳を通じて赤ちゃんに移行する可能性があります。

自己判断でサプリメントを摂取するのは避け、必ずかかりつけの産婦人科医や小児科医に相談しましょう。

基本的には、バランスの取れた食事から栄養を摂取することが第一です。

Q
抜け毛がひどい場合、何科を受診すれば良いですか?
A

髪や頭皮のトラブルは、皮膚科が専門です。もし産後の抜け毛について心配な点があれば、まずは皮膚科を受診することをおすすめします。

最近では、女性の薄毛治療を専門に行うクリニックも増えています。

一般的な産後の抜け毛の範囲を超える症状で悩んでいる場合は、そうした専門クリニックに相談するのも一つの選択肢です。

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