髪のボリュームが減ってきた、分け目が目立つようになったなど、女性の薄毛の悩みは非常にデリケートです。原因は様々ですが、女性ホルモンのバランスの変化が大きく関わっている場合があります。
出産後や更年期など、ライフステージの変化に伴う薄毛に悩む方にとって、ホルモン治療は改善のための有力な選択肢の一つです。
この記事では、女性の薄毛とホルモンの関係性から、医療機関で行われるホルモン治療の内容、期待できる効果、治療の進め方、そして注意点までを詳しく解説します。
女性の薄毛とホルモンバランスの深い関係
女性の髪は、ホルモンの影響を非常に受けやすく、女性らしさを作り出すホルモンと、男性的な特徴に関わるホルモンのバランスが、髪の健康状態を大きく左右します。
髪の成長を司る女性ホルモン
女性の体内で分泌される主要な女性ホルモンは、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の二つがあり、中でもエストロゲンは髪の健康と深く関わっています。
エストロゲンには髪の成長期を長く維持し、髪そのものを太く、ハリやコシのある状態に保つ働きがあります。
髪の毛一本一本にはヘアサイクルがあり、成長期・退行期・休止期を繰り返していますが、エストロゲンが十分に分泌されている間は成長期が長く保たれるため、髪は豊かで健康な状態を維持しやすいです。
このため、エストロゲンは育毛ホルモンとも呼ばれることがあります。
女性ホルモンの主な種類と髪への影響
ホルモン名 | 主な役割 | 髪への影響 |
---|---|---|
エストロゲン | 女性らしい体つきの形成、自律神経の安定 | 髪の成長期を維持し、ハリ・コシを与える。 |
プロゲステロン | 妊娠の準備・維持、皮脂分泌の促進 | エストロゲンの働きを補助するが、バランスが重要。 |
ホルモンバランスが乱れる主な要因
エストロゲンの分泌は、一生を通じて一定ではありません。
思春期に増加し20代から30代でピークを迎えた後、40代後半から始まる更年期に向けて急激に減少していきま、加齢による自然な変化が、ホルモンバランスの乱れの最も大きな原因です。
その他にも、出産後はエストロゲンが急激に減少するため、一時的に抜け毛が増える分娩後脱毛症が起こります。
また、過度なダイエットによる栄養不足、睡眠不足、強い精神的ストレスなども、脳の視床下部に影響を与え、ホルモン分泌の指令系統を乱す原因です。
男性ホルモンが薄毛に与える影響
女性の体内でも、副腎や卵巣で男性ホルモン(アンドロゲン)が少量作られていて、健康な状態では女性ホルモンの働きが優位なため、男性ホルモンの影響はほとんど現れません。
しかし、加齢やストレスなどで女性ホルモンが減少すると、相対的に男性ホルモンの影響が強まります。
男性ホルモンの一種のテストステロンは5αリダクターゼと結びつくことで、強力なジヒドロテストステロン(DHT)に変換され、髪の成長を妨げる信号を毛乳頭細胞に送り、髪の成長期を短縮させてしまうのです。
その結果、髪が十分に育つ前に抜け落ち細く短い毛が増えることで、頭皮が透けて見えるようになります。
FAGA(女性男性型脱毛症)とは
女性ホルモンの減少と相対的な男性ホルモンの影響の増大によって起きる女性の薄毛は、FAGA(Female Androgenetic Alopecia)、女性男性型脱毛症と呼ばれます。
男性のAGA(男性型脱毛症)と似た原因で起こりますが、症状の現れ方が異なります。
男性のように生え際が後退したり頭頂部が完全につるつるになったりすることは稀で、主に頭頂部や分け目を中心に髪が全体的に薄くなるびまん性の脱毛が特徴です。
FAGAは更年期以降の女性に多く見られる薄毛のタイプであり、ホルモン治療が検討される代表的な症状です。
女性の薄毛に対するホルモン治療の考え方
女性の薄毛、特にFAGAに対して医療機関で行われるホルモン治療は、乱れてしまったホルモンバランスに働きかけ、薄毛の進行を食い止め発毛を促すことを目的としています。
すべての薄毛に有効というわけではなく、適応を正しく見極めることが大切です。
ホルモン治療が適応となるケース
ホルモン治療が第一の選択肢として検討されるのは、主にFAGA(女性男性型脱毛症)で、加齢やその他の要因によって女性ホルモンが減少し、相対的に男性ホルモンの影響が強まることで起こる薄毛です。
更年期以降に頭頂部を中心に髪のボリュームが減ってきた、地肌が透けて見えるようになった、といった症状がある場合に適応となります。
医師は、問診や視診、場合によっては血液検査などを通じて、薄毛の原因がホルモンバランスの乱れによるものかを慎重に判断し、治療の適否を決定します。
ホルモン治療を検討する主な症状
- 分け目が以前より広がってきた
- 頭頂部の髪が細く、ボリュームがなくなった
- 髪全体のハリやコシが失われた
- 更年期に入ってから抜け毛が増えた
治療の目的と期待される効果
女性の薄毛に対するホルモン治療の主な目的は、薄毛の原因となっている男性ホルモン(アンドロゲン)の働きを抑制することです。
抜け毛の減少、細くなった髪の毛が太く長く成長する(毛髪の質の改善)、そして新しい髪の毛が生えてくる(発毛)といった効果が期待されます。
ただし、効果の現れ方には個人差が大きく、治療を開始してから効果を実感するまでには、数ヶ月単位の時間が必要です。
劇的に髪が増えるというよりは、現状を維持し緩やかに改善していきます。
ホルモン補充療法(HRT)との違い
ホルモン治療と聞くと、更年期障害の治療法であるホルモン補充療法(HRT)を思い浮かべる方もいるかもしれません。
HRTは、減少したエストロゲンそのものを外部から補充することで、ほてりや発汗、気分の落ち込みといった更年期の様々な症状を緩和する治療法です。
HRTによって髪質の改善が見られることもありますが、あくまで副次的な効果です。
薄毛治療としてのホルモン治療はエストロゲンを直接補充するのではなく、主に男性ホルモンの作用を抑える薬を用いる点が異なります。
薄毛治療とHRTの比較
項目 | 薄毛のホルモン治療 | ホルモン補充療法(HRT) |
---|---|---|
主な目的 | FAGAの改善(抜け毛抑制・発毛促進) | 更年期障害の症状緩和 |
主なアプローチ | 男性ホルモンの作用を抑制する | 減少した女性ホルモンを補充する |
使用する薬の例 | スピロノラクトン、低用量ピル | エストロゲン製剤、プロゲステロン製剤 |
医療機関で行われるホルモン治療内容
女性の薄毛に対するホルモン治療は、専門の医療機関で医師の診断のもとに行われます。自己判断で海外から薬を取り寄せたりすることは、健康上のリスクが非常に高いため絶対に避けるべきです。
スピロノラクトンの内服治療
スピロノラクトンはもともとは高血圧の治療に用いられる利尿薬ですが、男性ホルモン(アンドロゲン)の働きを抑制する作用があることから、女性のFAGA治療に応用されています。
アンドロゲンが毛乳頭細胞の受容体と結合するのをブロックすることで、ヘアサイクルの乱れを起こす信号を止め、抜け毛を減らし髪の成長期を正常な長さに戻す効果が期待できます。
女性の薄毛治療においては比較的安全性が高く、第一選択薬として広く用いられている治療薬の一つです。
低用量ピルの使用
低用量ピルは、本来は避妊や月経困難症の治療に用いられる薬ですが、ホルモンバランスを整える作用があるため、薄毛治療に用いられることがあります。
低用量ピルには、エストロゲンとプロゲステロンという二つの女性ホルモンが含まれており、服用することで体内のホルモンバランスを安定させ、相対的に高まっていた男性ホルモンの影響を弱めます。
特に、生理不順や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などが背景にある薄毛の場合に、有効な選択肢となることがあります。ただし、血栓症などのリスクもあるため、医師による慎重な判断が必要です。
治療薬 | 主な作用 | 特徴 |
---|---|---|
スピロノラクトン | 男性ホルモン受容体をブロックする | FAGA治療で一般的に用いられる。利尿作用がある。 |
低用量ピル | 体内のホルモンバランスを安定させる | 避妊効果もある。生理不順の改善も期待できる。 |
ミノキシジル(外用薬) | 頭皮の血行を促進し、毛母細胞を活性化 | ホルモン治療と併用されることが多い。 |
ホルモン治療の進め方と期間
女性の薄毛に対するホルモン治療は、専門医との相談から始まります。ここでは、治療開始から効果判定までの一般的な流れについて説明します。
初診から治療開始までの流れ
まず、専門の医療機関を受診すると、医師による詳細な問診が行われます。いつから薄毛が気になり始めたか、抜け毛の量、生活習慣、既往歴、服用中の薬、妊娠・出産の経験などについて詳しく伝えます。
次に、頭皮や毛髪の状態を視診やマイクロスコープなどで確認し、薄毛のタイプを診断します。
FAGAが疑われる場合など、ホルモン治療が適応と判断された際には、治療法の内容、期待できる効果、考えられる副作用について詳しい説明があります。
必要に応じて血液検査を行い、全身状態に問題がないかを確認することも重要です。
初診時の主な確認項目
分類 | 主な確認内容 |
---|---|
問診 | 症状の経過、生活習慣、既往歴、家族歴、服薬状況 |
診察 | 頭皮・毛髪の視診、マイクロスコープでの観察 |
検査(必要に応じて) | 血液検査(ホルモン値、貧血、甲状腺機能など) |
治療期間の目安と効果判定
ホルモン治療の効果は、すぐに現れるものではありません。
ヘアサイクルを正常化させ髪が成長するには時間がかかり、治療を開始してから効果を実感し始めるまでに、早くても3ヶ月、通常は6ヶ月程度の継続が必要です。
多くの医療機関では、6ヶ月から1年を一つの区切りとして効果を判定します。効果の判定は、抜け毛の量の変化や、治療開始前の写真と比較して、髪の密度や太さに改善が見られるかなどを客観的に評価します。
定期的な通院と経過観察の重要性
ホルモン治療中は定期的に医療機関を受診し、医師による経過観察を受けることが大事です。通常、1ヶ月から3ヶ月に一度のペースで通院し、治療効果の確認と副作用のチェックを行います。
体調に変化があったり薬に対する不安がある場合は、次の診察日を待たずに相談することが重要です。医師は、患者さんの状態に合わせて薬の量を調整したり、他の治療法との併用を検討します。
自己判断で薬の服用を中止したり量を変更すると、期待した効果が得られないばかりか、予期せぬ体調不良を招くこともあるため必ず医師の指示に従いましょう。
ホルモン治療の注意点と副作用
ホルモン治療は女性の薄毛に対して有効な選択肢ですが、医薬品である以上、副作用のリスクも伴います。
事前に知っておくべき主な副作用
ホルモン治療で用いられる薬には、それぞれ特有の副作用が報告されています。
スピロノラクトンでは利尿作用による頻尿や口の渇き、血圧の低下による立ちくらみ、カリウム値の上昇などが起こる可能性があります。
また、ホルモンに作用する薬であるため、乳房の張りや痛み、不正出血、生理不順などが現れることもあります。
低用量ピルの場合は、吐き気や頭痛、むくみといったマイナートラブルのほか、頻度は低いものの、最も注意すべき副作用として血栓症のリスクが挙げられます。
副作用のほとんどは軽度で一過性ですが、治療前に医師から十分な説明を受け、理解しておくことが大切です。
スピロノラクトンの主な副作用
分類 | 具体的な症状 |
---|---|
一般的な副作用 | 頻尿、口の渇き、低血圧、めまい、倦怠感 |
ホルモン関連の副作用 | 乳房痛、不正出血、生理不順 |
注意すべき副作用 | 高カリウム血症、電解質異常 |
副作用が起きた場合の対処法
治療中に何らかの体調変化を感じた場合は自己判断せず、速やかに処方を受けた医療機関に連絡し、医師に相談してください。
低用量ピルを服用中に、ふくらはぎの急な痛みや腫れ、息切れ、激しい頭痛、視覚の異常など、血栓症を疑う症状が現れた場合は、直ちに服用を中止し、救急医療機関を受診する必要があります。
多くの副作用は、薬の量を調整したり、他の薬に変更したりすることで対応可能です。
治療を受けられない人(禁忌)
ホルモン治療は、誰でも受けられるわけではありません。最も重要なのは、妊娠中、授乳中、あるいは妊娠の可能性がある女性で、治療薬の成分が胎児や乳児に影響を及ぼす危険性があるためです。
また、過去に乳がんや子宮体がんなどのホルモン依存性の悪性腫瘍にかかったことがある人、重い肝臓や腎臓の病気がある人、血栓症の既往がある人なども、原則としてホルモン治療の対象外となります。
ホルモン治療と併用したいセルフケア
ホルモン治療の効果を最大限に引き出し健やかな髪を育むためには、医療機関での治療だけに頼るのではなく、日々の生活習慣を見直すことも非常に重要です。
女性ホルモン様作用を持つ成分を含む育毛剤
ホルモン治療と並行して、外側からのケアとして育毛剤の使用を検討するのも良いでしょう。
女性ホルモンと似た働きをする成分(フィトエストロゲン)を含む育毛剤は、ホルモン治療との相乗効果が期待できます。
代表的な成分は、大豆から抽出されるイソフラボンや、ヒオウギエキス、エチニルエストラジオールなどです。
頭皮に直接塗布することで、局所的にホルモンバランスを整え、毛母細胞の働きをサポートします。
また、血行促進成分であるミノキシジルを配合した女性用の発毛剤も、ホルモン治療と併用されることが多い選択肢の一つです。
女性向け育毛剤に含まれる主な成分
成分の種類 | 代表的な成分名 | 期待される働き |
---|---|---|
女性ホルモン様成分 | イソフラボン、ヒオウギエキス | 頭皮のホルモンバランスを整える。 |
血行促進成分 | ミノキシジル、センブリエキス | 毛根への栄養供給を促す。 |
抗炎症成分 | グリチルリチン酸ジカリウム | 頭皮の炎症を抑え、環境を整える。 |
栄養バランスと生活習慣の見直し
髪は、私たちが食べたものから作られ、ホルモン治療でヘアサイクルを整えても、髪の材料となる栄養素が不足していては、健康な髪は育ちません。
髪の主成分であるタンパク質(肉、魚、大豆製品など)、タンパク質の合成を助ける亜鉛(牡蠣、レバーなど)、頭皮の健康を保つビタミン類(緑黄色野菜など)をバランス良く摂取することが基本です。
また、質の良い睡眠は、髪の成長に欠かせない成長ホルモンの分泌を促します。
ストレス管理と頭皮ケア
過度なストレスは自律神経やホルモンバランスを乱し、頭皮の血行不良を起こし薄毛の大きな要因となるので、自分なりのストレス解消法を見つけ、心身をリラックスさせる時間を作ることが重要です。
趣味に没頭したり適度な運動をしたり、友人と話したりするのも良いでしょう。また、頭皮の血行を促すための頭皮マッサージも有効なセルフケアです。
シャンプーの際などに、指の腹で優しく頭皮を動かすようにマッサージする習慣を取り入れることで、治療効果を高める助けになります。
よくある質問(Q&A)
女性の薄毛に対するホルモン治療について、多くの方が疑問に思う点や不安に感じる点をQ&A形式でまとめました。
- Q治療費はどのくらいかかりますか
- A
女性の薄毛に対するホルモン治療は、美容目的と見なされるため、健康保険が適用されない自由診療となり、治療費は全額自己負担です。
一般的には、診察料や検査料に加えて、1ヶ月分の薬代として1万円から3万円程度が目安になります。
治療を開始する前に、必要な費用の総額や内訳について、医療機関にしっかりと確認しておくことが大切です。
- Q治療を止めると元に戻ってしまいますか
- A
ホルモン治療は、薄毛の根本的な原因である体質そのものを変えるものではありません。
薬の作用によって、薄毛が進行しにくい状態を維持しているため、服用を中止すると、徐々に治療前の状態に戻っていきます。
ある程度の改善が見られた後、医師と相談の上で薬の量を減らしたり、外用薬やセルフケア中心の維持療法に切り替えたりすることは可能です。
- Q市販の女性ホルモン配合クリームは効果がありますか
- A
ドラッグストアなどで、女性ホルモン(エチニルエストラジオールなど)を配合した頭皮用のクリームやローションが販売されています。
医薬部外品や化粧品に分類され、頭皮環境を整えることや、フケ・かゆみを防ぐことを目的としています。
医療機関で処方される内服薬のような、積極的な発毛効果や脱毛抑制効果を期待するのは難しいです。
- Q閉経後でも治療は可能ですか
- A
閉経後は女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が大きく減少し、FAGAが進行しやすい時期であるため、ホルモン治療の良い適応となるケースが多いです。
閉経後の場合妊娠の可能性がないため、治療薬の選択肢が広がる場合もあります。年齢を理由に諦める必要はありません。
薄毛が気になる場合は、まずは専門の医療機関で相談してみましょう。
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