鏡を見るたびに感じる分け目の広がり、シャワーを浴びるたびに排水溝に溜まる髪の毛の量、枕に付着した抜け毛を見ると、不安に襲われるでしょう。

女性にとって、深刻な抜け毛は単なる容姿の問題ではなく、自信や心の平穏を脅かす切実な悩みです。

ひどい抜け毛には必ず原因があり、原因の多くは、専門の医療機関で適切な治療を受けることで改善が期待できます。

この記事では、深刻な抜け毛に悩む女性のために、原因と医療機関で受けられる治療法、そして何よりも早めの受診がなぜ大切なのかを詳しく解説します。

これは危険なサイン?ひどい抜け毛の判断基準

抜け毛が増えたと感じたとき、正常な生理現象の範囲内なのか、それとも治療を必要とする異常な状態なのかを客観的に見極めることが、第一歩です。

ここでは、ご自身で確認できるひどい抜け毛の判断基準を具体的に示します。

1日の抜け毛の本数とヘアサイクル

健康な人でも、髪の毛は1日に50本から100本程度は自然に抜け落ちていて、髪が成長し、抜け落ち、また新しく生えるというヘアサイクル(毛周期)の一部です。

しかし、1日に抜ける本数がコンスタントに150本を超えるような状態が続く場合は、ヘアサイクルに何らかの異常が生じている可能性が高いと考えられます。

特に、以前と比べて明らかに抜け毛の量が増えたと感じる場合は、注意が必要です。朝起きた時の枕元の抜け毛や、部屋の床に落ちている髪の毛の本数を意識的に数えてみるのも、客観的な判断材料となります。

抜けた毛の毛根や太さを確認する

抜け毛の本数だけでなく、質を観察することも重要です。健康なヘアサイクルの終わり(休止期)に自然に抜けた毛は、毛根部分が白く丸みを帯びた棍棒のような形をしています。

まだ成長途中であるはずの成長期の髪が抜けてしまう場合、毛根が細く尖っていたり、黒い毛根鞘が付着していたりすることがあります。

また、抜けた毛が全体的に細く弱々しいものばかりである場合も、髪が十分に成長できていないサインです。このような質の悪い抜け毛が増えている場合は、ひどい抜け毛と判断する一つの基準になります。

正常な抜け毛と異常な抜け毛の比較

チェック項目正常な抜け毛注意が必要なひどい抜け毛
1日の本数50〜100本程度150本以上が継続する
毛根の形状白く、丸みがある細く尖っている、黒い、形がない
毛の太さ太く、しっかりしている細く、短い毛が多い

脱毛のパターンと頭皮の状態

抜け毛のパターンにも注意を払いましょう。頭部全体から均一に髪の毛が抜けて、全体のボリュームが減ってくるびまん性の脱毛は、女性の抜け毛で最も多いパターンです。

分け目が特に目立つ、頭頂部の地肌が透けて見える、といった症状が現れ、また、円形や楕円形に突然ごそっと髪が抜ける場合は円形脱毛症を疑います。同時に、頭皮の状態も確認してください。

赤み、かゆみ、フケ、湿疹などがある場合、頭皮の炎症が抜け毛の原因となっている可能性があります。

女性のひどい抜け毛を引き起こす主な脱毛症

女性の深刻な抜け毛は様々なタイプの脱毛症によって起こり、ご自身の症状がどれに当てはまる可能性があるのかを知ることは、原因を理解する上で役立ちます。

休止期脱毛症

休止期脱毛症は、本来は成長期にあるべき多くの髪が一斉に休止期に入ってしまうことで起こる脱毛症です。

身体的、あるいは精神的に大きな負荷がかかった出来事から、2〜3ヶ月のタイムラグを経て、突然、大量の抜け毛として発症するのが特徴です。

原因としては高熱を出した病気、大きな手術、過度なダイエット、そして強い精神的ストレスなどが挙げられます。

原因がはっきりしておりそれが取り除かれれば、通常は半年から1年ほどで自然に回復に向かいます。

FAGA(女性男性型脱毛症)

FAGAは、女性の薄毛で最も一般的な原因の一つで、びまん性脱毛症の多くがこれに該当すると考えられています。

男性のAGA(男性型脱毛症)とは異なり生え際が後退するのではなく、頭頂部や分け目を中心に髪の毛が全体的に細く、少なくなるのが特徴です。

加齢による女性ホルモンの減少と、男性ホルモンの影響が主な原因と考えられており、ゆっくりと確実に進行していきます。放置すると改善が難しくなるため、早期の治療介入が重要です。

円形脱毛症

円形脱毛症は自己免疫疾患の一種と考えられており、免疫細胞が誤って自身の毛根を攻撃してしまうことで発症します。

コイン大の脱毛斑ができるイメージが強いですが、複数の脱毛斑ができる多発型や、頭全体の髪が抜けてしまう全頭型、さらには眉毛やまつ毛まで抜ける汎発型など、症状は多岐にわたります。

アトピー性皮膚炎や甲状腺疾患、膠原病などの自己免疫疾患に合併することもあり、急激に大量の抜け毛が起きた場合は疾患を疑い、早急に皮膚科を受診することが必要です。

主な脱毛症の種類と特徴

脱毛症の名称脱毛パターン主な原因
休止期脱毛症頭部全体の急激な脱毛高熱、手術、ストレス、出産、栄養障害など
FAGA頭頂部中心のびまん性脱毛加齢、ホルモンバランスの変化、遺伝的要因
円形脱毛症円形〜不整形、または全頭性の脱毛自己免疫異常、ストレス、遺伝的要因

抜け毛の背景に潜む全身の健康問題

ひどい抜け毛は単なる髪の問題ではなく、体全体の健康状態が悪化していることを示す重要なサインである場合があります。

特に内科的な疾患は抜け毛を主訴として医療機関を受診し、発見されることも少なくありません。

甲状腺機能の異常とヘアサイクルの乱れ

甲状腺は喉仏の下にある蝶のような形をした臓器で、体のエネルギー代謝を司る甲状腺ホルモンを分泌しています。

ホルモンの分泌が過剰になる甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)や、逆に不足する甲状腺機能低下症(橋本病など)は、いずれもヘアサイクルに深刻な影響を及ぼし、ひどい抜け毛を引き起こします。

抜け毛以外に、動悸、体重の急激な変化、異常な疲労感、むくみ、暑がり・寒がりなどの症状を伴う場合は、内科や内分泌内科での血液検査が必要です。

鉄欠乏性貧血と毛母細胞への影響

鉄は、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの主成分であり、全身の細胞に酸素を送り届ける重要な役割を担っています。

月経や妊娠・出産などで鉄分を失いやすい女性は、鉄欠乏性貧血になりやすい傾向があり、鉄分が不足すると、生命維持に重要な臓器への酸素供給が優先され、頭皮の毛母細胞は後回しにされてしまいます。

その結果、毛母細胞は酸欠・栄養不足状態に陥り、健康な髪を育てられなくなり、ひどい抜け毛に繋がります。

めまい、立ちくらみ、息切れ、頭痛といった典型的な貧血症状がなくても、体内の貯蔵鉄を示すフェリチンの値が低い潜在性鉄欠乏(隠れ貧血)の女性は非常に多く、抜け毛の大きな原因です。

婦人科系疾患や膠原病との関連

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などの婦人科系疾患は、ホルモンバランスの乱れを起こし、男性ホルモンが過剰になることで抜け毛の原因となることがあります。

また、全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病も、自己免疫の異常によって毛根が攻撃され、脱毛を起こすことがあります。

このような疾患では、抜け毛以外に関節痛や皮疹、発熱などの全身症状を伴うことが多いため、総合的な診断が大切です。

抜け毛から疑われる全身疾患

疾患分類主な疾患名抜け毛以外の特徴的な症状
内分泌疾患甲状腺機能亢進症・低下症体重変動、動悸、疲労感、むくみ
血液疾患鉄欠乏性貧血めまい、息切れ、顔色が悪い、爪の変形
膠原病全身性エリテマトーデス(SLE)蝶形紅斑(顔の皮疹)、関節痛、発熱

なぜ早めの受診が重要なのか

ひどい抜け毛に気づきながらも、恥ずかしさや多忙を理由に受診をためらってしまう方もいるかもしれません。

しかし早期に専門医に相談することは、治療結果を大きく左右する、非常に重要な意味を持っています。

脱毛症の進行性と不可逆性

特にFAGAのような進行性の脱毛症は、放置すればするほど症状は悪化していきます。

髪の毛を作り出す毛包が長期間にわたって縮小し、活動を休止してしまうと、やがてその機能は失われ、二度と髪が生えてこない状態(不可逆的な変化)に至る可能性があります。手遅れになる前に治療を開始することで、毛包の機能を維持し、回復の可能性を高く保つことができます。

早期診断が治療の選択肢を広げる

治療を開始するタイミングが早ければ早いほど、治療の効果は現れやすくなります。症状が軽度なうちであれば、外用薬や生活習慣の改善といった、比較的負担の少ない治療で改善が見込めるかもしれません。

しかし症状が進行してしまうと、内服薬や注入治療などより積極的で費用もかかる治療が必要になったり、複数の治療を組み合わせる必要が出てきたりします。

早期に受診することは、より多くの治療選択肢の中から、自分に合ったものを選べる可能性を残すことにも繋がります。

重篤な病気の早期発見に繋がる可能性

ひどい抜け毛は甲状腺疾患や膠原病といった、全身に関わる病気のサインであることがあり、髪の悩みをきっかけに医療機関を受診し血液検査などを行った結果、背景疾患が早期に発見されるケースは少なくありません。

重篤な病気の早期発見と早期治療は、髪だけでな、生命そのものを守る上で極めて重要です。

精神的な負担の軽減

一人で悩み続けることは、大きな精神的ストレスとなり、ストレスがさらに抜け毛を悪化させるという悪循環に陥ってしまうことも少なくありません。

専門医に相談し、抜け毛の原因が分かり治療方針が決まるだけでも、先の見えない不安は大きく軽減されます。信頼できる医師というパートナーを得ることは、安心して治療に取り組むための大きな支です。

専門医療機関で行われる診断と検査

ひどい抜け毛の原因を特定するため、専門のクリニックでは多角的なアプローチで診断を行います。ここでは、どのような検査が行われるのかを具体的に見ていきましょう。

詳細な問診で探る背景要因

診断の第一歩は問診です。

いつからどのように抜け毛が増えたのかだけでなく、食生活、睡眠時間、ストレスレベル、既往歴、家族歴、月経周期、出産経験、服用中の薬やサプリメント、日頃のヘアケア習慣まで、ヒアリングします。

情報の中に、原因を解明するための重要な手がかりが隠されています。

初診時に準備しておくと良い情報

  • いつから抜け毛が気になり始めたか
  • 1日の抜け毛のおおよその本数
  • 抜け毛以外の体の不調(疲労感、体重変化など)
  • 過去の病歴、出産経験
  • 現在服用中のすべての薬、サプリメントのリスト

マイクロスコープによる頭皮・毛髪の詳細な観察

マイクロスコープという高倍率のカメラを使い、頭皮や毛髪の状態を詳細に観察し、肉眼では見えない頭皮の色や炎症の有無、毛穴の詰まり、皮脂の分泌状態、血管の様子などを確認します。

また、髪の毛の太さや密度、1つの毛穴から生えている本数なども客観的に評価し、脱毛の進行度を判断します。

血液検査で明らかになる内科的要因

ひどい抜け毛の原因究明において、血液検査はとても大切です。

甲状腺ホルモン(TSH, FT3, FT4)、鉄、フェリチン(貯蔵鉄)、亜鉛などの値を測定することで、抜け毛の背景に内科的な問題が潜んでいないかを明らかにします。

女性ホルモンや男性ホルモンの値を測定し、ホルモンバランスの乱れを確認することもあり、客観的なデータに基づいて根本原因にアプローチする治療計画を立てます。

血液検査での主なチェック項目

検査項目分かること
甲状腺機能甲状腺ホルモンの過不足の有無
鉄・フェリチン貧血や潜在性鉄欠乏の有無
ホルモンバランス女性ホルモン・男性ホルモンの値

深刻な抜け毛に対する医療機関での治療法

正確な診断に基づき、一人ひとりの原因と症状に合わせた治療が行われます。専門の医療機関では、科学的根拠のある多様な治療法を組み合わせ、総合的に改善を目指します。

内服薬による全身からのアプローチ

体の内側から抜け毛の原因に働きかける治療です。血液検査で栄養不足が判明すれば、鉄剤や亜鉛などの医療用サプリメントを処方します。

FAGAが原因であれば、男性ホルモンの影響を抑えるスピロノラクトンや血行を促進し発毛を促すミノキシジルタブレットなどが、医師の厳格な管理下で用いられることがあります。

内服薬は全身に作用するため、定期的な健康チェックが不可欠です。

外用薬による局所治療

日本皮膚科学会のガイドラインでも推奨されているミノキシジル外用薬は、女性の薄毛治療の基本となる薬です。頭皮に直接塗布することで、毛根の血流を改善し、毛母細胞を活性化させます。

内服薬に比べて全身性の副作用のリスクが低く、安全性が高いのが特徴です。また、頭皮の炎症を抑えるためのステロイド外用薬などが併用されることもあります。

頭皮への直接注入治療(メソセラピーなど)

より積極的な発毛効果を期待する場合、注入治療が選択されることがあります。

ミノキシジルや成長因子、ビタミン、アミノ酸など、髪の成長に有効な成分をブレンドした薬剤を、注射や特殊な機器を用いて頭皮の毛根の深さに直接注入する治療法です。

有効成分をダイレクトに届けられるため、高い効果が期待できます。

主な治療法の比較

治療法アプローチ主な特徴
内服薬全身(体内から)全身に作用し、高い効果が期待できるが、副作用のリスク管理が重要。
外用薬局所(頭皮から)安全性が高く、治療の基本となるが、毎日塗布する手間がかかる。
注入治療局所(頭皮へ直接)有効成分を直接届けられ効果が高いが、痛みを伴い、費用も高額。

よくある質問

最後に、深刻な抜け毛で悩む女性からよく寄せられる質問についてお答えします。

Q
治療を始めれば、すぐに抜け毛は止まりますか
A

治療を開始してすぐに抜け毛が完全に止まるわけではありません。

ミノキシジルなどの治療を開始した初期段階では、ヘアサイクルがリセットされる過程で一時的に抜け毛が増える初期脱毛が起こることがあり、治療が効いている証拠でもあります。

効果を実感し抜け毛が減ってきたと感じるまでには、通常、最低でも3ヶ月から6ヶ月の期間が必要です。

Q
治療にはどのくらいの費用がかかりますか
A

円形脱毛症や、原因となる内科疾患の治療など、医師が病気として診断した場合は健康保険が適用されます。

しかし、女性の薄毛で多いFAGAや加齢に伴うびまん性脱毛症の治療は、美容目的と見なされ、保険適用外の自由診療です。

費用はクリニックや治療内容によって大きく異なり、内服薬や外用薬の処方で月々1万5千円から3万円程度、注入治療などを加えるとさらに高額になります。

初診のカウンセリングで、詳細な費用についてしっかり確認することが重要です。

Q
遺伝的に薄毛になりやすい場合でも、治療は効果がありますか
A

薄毛には遺伝的な要因が関与することがありますが、あくまでなりやすい体質ということであり、必ず薄毛になるわけではありません。

また、遺伝が原因であっても適切な治療を行うことで、薄毛の進行を抑制し発毛を促すことは十分に可能です。諦めずに専門医に相談してください。

参考文献

Dinh QQ, Sinclair R. Female pattern hair loss: current treatment concepts. Clinical interventions in aging. 2007 Jan 1;2(2):189-99.

Herskovitz I, Tosti A. Female pattern hair loss. International Journal of Endocrinology and Metabolism. 2013 Oct 21;11(4):e9860.

Olsen EA, Messenger AG, Shapiro J, Bergfeld WF, Hordinsky MK, Roberts JL, Stough D, Washenik K, Whiting DA. Evaluation and treatment of male and female pattern hair loss. Journal of the American Academy of Dermatology. 2005 Feb 1;52(2):301-11.

Fabbrocini G, Cantelli M, Masarà A, Annunziata MC, Marasca C, Cacciapuoti S. Female pattern hair loss: A clinical, pathophysiologic, and therapeutic review. International journal of women’s dermatology. 2018 Dec 1;4(4):203-11.

Sinclair R, Wewerinke M, Jolley D. Treatment of female pattern hair loss with oral antiandrogens. British Journal of Dermatology. 2005 Mar 1;152(3):466-73.

Chan L, Cook DK. Female pattern hair loss. Australian Journal of General Practice. 2018 Jul;47(7):459-64.

Shrivastava SB. Diffuse hair loss in an adult female: approach to diagnosis and management. Indian Journal of Dermatology, Venereology and Leprology. 2009 Jan 1;75:20.