「抜け毛が増えた」「生え際が後退してきたかもしれない」「頭頂部が薄くなっていると指摘された」など、男性にとって髪の悩みは非常に深刻です。
男性のはげの多くはAGA(男性型脱毛症)と呼ばれ、男性ホルモンが深く関与しています。なぜホルモンの影響で髪が薄くなるのでしょうか。
この記事では、男性のはげとホルモンバランスの関係を詳しく解説し、ご自身でできる対策から専門的な治療まで、正しい知識をお伝えします。
男性のはげ(AGA)とホルモンの深い関係
男性の薄毛の悩みの大部分を占めるのはAGA(男性型脱毛症)です。
思春期以降に発症して徐々に進行する脱毛症で、その名の通り男性ホルモンの影響が主な原因と考えられています。
AGA(男性型脱毛症)とは何か
AGAは「Androgenetic Alopecia」の略で、遺伝的要因と男性ホルモンの影響によって引き起こされる脱毛症を指します。
日本人男性の約3人に1人が発症するといわれており、決して珍しいものではありません。
額の生え際や頭頂部の髪が、どちらか一方、または双方から薄くなっていくのが特徴です。
毛髪が十分に成長する前に抜け落ちてしまうため、全体的に軟毛化が進み、地肌が目立つようになります。
はげを引き起こす男性ホルモン「DHT」
男性のたくましさや体つきを形成する男性ホルモンが「テストステロン」です。このホルモン自体が、直接的に薄毛を引き起こすわけではありません。
問題となるのは、テストステロンが特定の酵素と結びついて変化した「ジヒドロテストステロン(DHT)」という、より強力な男性ホルモンです。
このDHTが髪の毛の成長を妨げる信号を出すため、薄毛が進行します。
DHTとテストステロンの役割の違い
項目 | テストステロン | ジヒドロテストステロン(DHT) |
---|---|---|
主な役割 | 筋肉や骨格の形成、性機能の維持 | 胎児期の男性器形成、体毛の増加、皮脂分泌促進 |
髪への影響 | 直接的な影響は少ない | ヘアサイクルの成長期を短縮させ、薄毛を誘発 |
生成過程 | 主に精巣で生成 | テストステロンが5αリダクターゼにより変換 |
DHTが生成される流れ
DHTは体内で自動的に生成されます。その生成には「5αリダクターゼ」という還元酵素が関わります。この酵素は、頭皮の前頭部や頭頂部に多く存在します。
テストステロンが血流に乗って毛乳頭細胞に運ばれると、この5αリダクターゼと結合し、DHTへと変換されます。
生成されたDHTが毛乳頭細胞にある男性ホルモン受容体(アンドロゲンレセプター)と結合すると、髪の成長を抑制する命令が出され、ヘアサイクルが乱れてしまうのです。
なぜホルモンバランスが崩れるのか
加齢やストレス、生活習慣の乱れなど、さまざまな要因がホルモンバランスに影響を与えます。
なかでも強いストレスは自律神経の乱れを引き起こし、血行不良やホルモン分泌の異常につながる場合があります。そのため、DHTの影響を受けやすい状態になる可能性があります。
ただし、AGAの根本的な原因はDHTの作用であり、ホルモンバランスの乱れはその影響を増幅させる一因と捉えるのが適切です。
はげのサインを見逃さない!初期症状と進行パターン
はげの初期症状には、生え際の後退や頭頂部の薄毛、髪質の変化などがあります。
AGAはゆっくり進行するため、これらのサインを見逃さないようにするのが早期対策の鍵となります。
生え際の後退(M字はげ)
AGAの典型的なパターンの一つが、額の生え際、特に両サイドのそりこみ部分から後退していく「M字型」です。
昔の写真と見比べたときに、明らかに額が広くなったと感じる場合は注意が必要です。
鏡で正面から見るだけでなく、髪をかきあげて生え際のラインを確認する習慣をつけると良いでしょう。
頭頂部の薄毛(O字はげ)
もう一つの代表的なパターンが、頭のてっぺん(頭頂部)から円形に薄くなる「O字型」です。
自分では直接見えにくい場所のため、家族や友人から指摘されて初めて気づくケースも少なくありません。
合わせ鏡を使ったり、スマートフォンで撮影したりして、定期的に頭頂部の状態をチェックすると良いです。
AGAの主な進行パターン
パターン | 特徴 | 確認しにくい点 |
---|---|---|
M字型 | 額の生え際(そりこみ)が後退する | 前髪で隠れていると気づきにくい |
O字型 | 頭頂部(つむじ周り)が薄くなる | 自分自身で直接見るのが難しい |
U字型(混合型) | M字とO字が同時に進行し、繋がる | 全体的にボリュームダウンが目立つ |
髪質の変化(細く、弱々しくなる)
薄毛の進行は、本数が減るだけでなく、髪の毛一本一本が細く短く弱々しくなる「軟毛化」という形で現れます。
以前と比べて髪にハリやコシがなくなった、スタイリングがしにくくなった、髪がペタッとしやすいと感じる場合はヘアサイクルが短縮しているサインかもしれません。
抜け毛の増加を実感する時
健康な人でも1日に50本から100本程度の髪は自然に抜けています。
しかし、シャンプーやブラッシングの際に明らかに抜け毛が増えたと感じる場合は注意が必要です。
特に、抜けた毛が細く短い「成長しきる前の毛」が多い場合は、AGAが進行している可能性があります。
- 枕元の抜け毛が目立つようになった
- 排水溝に溜まる髪の量が増えた
- 手ぐしを通しただけで何本も髪が抜ける
ホルモンだけではない!はげを加速させるその他の要因
はげを加速させる要因は男性ホルモンだけでなく、遺伝や生活習慣の乱れ、ストレスや栄養不足も大きく関わります。
これらの要因が複合的に作用するとAGAの進行が早まるため、総合的な対策が必要です。
遺伝が与える影響の大きさ
「はげは遺伝する」とよくいわれますが、これは科学的にも根拠があります。
具体的には、DHTを生成する「5αリダクターゼの活性度」と、DHTを受け取る「男性ホルモン受容体の感受性」という2つの要素が遺伝しやすいことが分かっています。
特に、母方の家系に薄毛の人がいる場合、男性ホルモン受容体の感受性が遺伝する可能性が高いといわれています。
生活習慣の乱れと頭皮環境
不規則な生活や睡眠不足、喫煙や過度な飲酒などは、頭皮の血行を悪化させます。
髪の毛の成長には、血液によって運ばれる栄養素や酸素が必要です。血行不良に陥ると髪の成長に必要な成分が毛根まで届きにくくなり、健康な髪の育成を妨げます。
これがAGAの進行を助長する一因となります。
頭皮環境を悪化させる生活習慣
習慣 | 髪への影響 | 具体的な内容 |
---|---|---|
睡眠不足 | 成長ホルモンの分泌低下、血行不良 | 夜更かし、不規則な睡眠時間 |
喫煙 | 血管収縮による血行不良 | ニコチンが血管を収縮させる |
過度な飲酒 | アミノ酸の消費、亜鉛の排出 | アルコールの分解に髪の栄養素が使われる |
ストレスが引き起こす負の連鎖
過度なストレスは自律神経のバランスを乱し、血管を収縮させて血行不良を引き起こします。
また、ホルモンバランスの乱れにもつながり、皮脂の過剰分泌を招く場合もあります。
過剰な皮脂は毛穴を詰まらせて頭皮に炎症を起こす原因となり、髪が育ちにくい環境を作り出してしまいます。
食生活と髪の栄養不足
髪の毛は主に「ケラチン」というタンパク質でできています。そのため、偏った食生活でタンパク質が不足すると、健康な髪を作れません。
また、タンパク質を髪の毛に変える際には、亜鉛やビタミンといった栄養素も重要な役割を果たします。
インスタント食品やファストフード中心の食生活では、これらの栄養素が不足しがちです。
髪の成長に重要な栄養素
栄養素 | 主な役割 | 多く含まれる食品 |
---|---|---|
タンパク質 | 髪の主成分(ケラチン)の材料 | 肉、魚、卵、大豆製品 |
亜鉛 | タンパク質の合成を助ける | 牡蠣、レバー、牛肉 |
ビタミンB群 | 頭皮の新陳代謝を促す | 豚肉、レバー、うなぎ、マグロ |
ホルモンバランスを整えるセルフケア
ホルモンバランスを整えて髪の健康を支えるセルフケアには、質の高い睡眠や栄養バランスの取れた食事、適度な運動やストレス管理が有効です。
これらは頭皮環境を良好に保ち、薄毛の進行を緩やかにする助けとなります。
睡眠の質を高める工夫
髪の成長を促す「成長ホルモン」は、深い睡眠中に最も多く分泌されます。
単に長く寝るだけでなく、睡眠の質を高める工夫が重要です。就寝前のスマートフォンの使用を控え、リラックスできる環境を整えましょう。
- 就寝1〜2時間前に入浴する
- 寝室の照明を暗くし、静かな環境を作る
- カフェインやアルコールの摂取を就寝前に避ける
栄養バランスの取れた食事とは
髪の健康は日々の食事から作られます。特定の食品だけを食べるのではなく、バランスの取れた食事を心がけることが大切です。
特に、髪の主成分であるタンパク質、その合成を助ける亜鉛、頭皮の健康を保つビタミン類を意識して摂取しましょう。
適度な運動による効果
ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動は、全身の血行を促進する効果があります。頭皮の血流も改善され、毛根に栄養が届きやすくなります。
また、運動はストレス解消にもつながり、心身ともに良い影響を与えます。
無理のない範囲で、継続的に運動する習慣を取り入れると良いでしょう。
ストレス発散法を見つける
現代社会でストレスを完全になくすのは難しいですが、自分なりの発散法を見つけて溜め込まないようにすることが重要です。
趣味に没頭する時間を作ったり、自然の中で過ごしたり、友人と話したりするなど、心からリラックスできる方法を見つけましょう。
セルフケアの限界と専門クリニックの役割
セルフケアは頭皮環境の改善に役立ちますが、AGAの根本原因であるDHTの働きを直接抑制するものではありません。
進行してしまった薄毛に対して、セルフケアだけで顕著な改善を期待するのは難しいのが現実です。
自己判断による対策のリスク
市販の育も剤やサプリメントは数多くありますが、自分の薄毛の原因が何であるかを正確に把握しないまま使用しても、十分な効果は得られません。
それどころか、間違ったケアによって頭皮トラブルを引き起こしたり、対策が遅れるためAGAがさらに進行してしまったりするリスクもあります。
セルフケアとクリニック治療の比較
項目 | セルフケア(市販品など) | クリニックでの治療 |
---|---|---|
アプローチ | 頭皮環境の改善が中心 | AGAの原因(DHT)に直接アプローチ |
効果 | 現状維持、進行の緩和が主 | 医学的根拠に基づいた発毛・育毛効果 |
診断 | 自己判断 | 医師による正確な診断 |
なぜ専門的な診断が必要なのか
薄毛の原因はAGA以外にも、円形脱毛症や脂漏性脱毛症など様々です。原因によって対処法は全く異なります。
専門クリニックでは医師が問診や視診、場合によっては血液検査などを通じて薄毛の原因を正確に診断します。
この診断に基づいて、一人ひとりに合った治療を行うのが改善への最短距離となります。
クリニックで受けられる検査の種類
クリニックでは、まず無料カウンセリングで悩みや希望を詳しくヒアリングします。
その後、医師による診察で頭皮や毛髪の状態をマイクロスコープで確認したり、生活習慣について質問したりします。
必要に応じて、治療薬の服用が可能かどうかを判断するために血液検査を行う場合もあります。これらの検査を通して、総合的に状態を把握します。
治療計画の立て方
診断結果と患者さんの希望(どの程度まで改善したいか、予算など)を基に、具体的な治療計画を立てます。
治療法の種類や期待できる効果、期間や費用、考えられる副作用などについて、医師から丁寧な説明があります。
納得のいくまで質問し、理解した上で治療を開始しましょう。
AGA治療で用いられる主な治療法
専門クリニックで行うAGA治療は、医学的根拠に基づいて薄毛の原因に働きかけます。
主に用いられる治療法には、内服薬や外用薬、注入治療などがあります。
内服薬による働きかけ
AGA治療の基本となるのが内服薬です。主に2種類の薬が用いられます。
一つは、AGAの原因であるDHTの生成を抑制する薬(フィナステリド、デュタステリドなど)です。ヘアサイクルの乱れを正常化し、抜け毛を減らして薄毛の進行を食い止める働きをします。
もう一つは、血管を拡張して頭皮の血流を改善し、発毛を促進する薬(ミノキシジル)です。
主なAGA治療薬(内服・外用)
有効成分 | 主な作用 | 分類 |
---|---|---|
フィナステリド | DHTの生成を抑制(5αリダクターゼII型阻害) | 内服薬 |
デュタステリド | DHTの生成を抑制(5αリダクターゼI型・II型阻害) | 内服薬 |
ミノキシジル | 血行促進、毛母細胞の活性化 | 内服薬・外用薬 |
外用薬による頭皮への直接作用
ミノキシジルを有効成分とする外用薬(塗り薬)も広く用いられています。頭皮の気になる部分に直接塗布して毛母細胞を活性化させ、発毛を促す効果が期待できます。
内服薬と併用しながら、より効果を実感しやすい状態を目指すのが一般的です。
市販薬にもミノキシジル配合のものがありますが、クリニックで処方されるものは濃度が高い場合があります。
注入治療という選択肢
注入治療は発毛効果のある薬剤や、ご自身の血液から抽出した成長因子(PRP療法)などを、注射や特殊な機器を使って頭皮に直接注入する方法です。
内服薬や外用薬だけでは効果が不十分な場合や、より積極的に発毛を促したい場合に選択肢となります。
有効成分を直接毛根に届けられるため、効果を実感しやすい方法です。
治療法の組み合わせと相乗効果
AGA治療では、これらの治療法を単独で行うよりも、複数を組み合わせるとより効果がはっきりと現れやすいです。
例えば、DHTの生成を抑える内服薬で「守り」を固めつつ、ミノキシジルの内服・外用薬で「攻め」の発毛を促す、といった形です。
医師が患者さん一人ひとりの症状や進行度に合わせて、適した治療法の組み合わせを提案します。
はげとホルモンに関するよくある質問
男性のはげとホルモンに関する、よくある疑問について解説します。
- Q女性ホルモンを増やせばはげは治りますか?
- A
理論上、女性ホルモンは男性ホルモンの働きを抑制するため、薄毛改善に繋がりそうに思えます。
しかし、男性が自己判断で女性ホルモンを摂取すると、乳房の女性化や性機能障害など、体に深刻な副作用を引き起こす危険性があります。
AGA治療は、男性ホルモンのバランスを安全な範囲で調整する医学的な取り組みが必要です。決して自己判断でホルモン剤を使用しないでください。
- Q筋トレをすると男性ホルモンが増えてはげますか?
- A
筋力トレーニングによって男性ホルモン(テストステロン)の分泌が一時的に促されるのは事実です。しかし、テストステロンの量が直接薄毛の原因になるわけではありません。
問題は、テストステロンがDHTに変換されるかどうかであり、これは遺伝的な体質(5αリダクターゼの活性度)によります。
適度な運動は血行を促進し、ストレス解消にもなるため、むしろ髪にとっては良い影響をもたらします。筋トレが原因でAGAが進行するという直接的な証拠はありません。
- Q治療はいつから始めるべきですか?
- A
AGAは進行性の脱毛症であるため、「気になった時が始め時」です。
治療の開始が早いほど毛髪を産生する毛母細胞がまだ活発な状態であるため、治療効果が出やすく、良好な状態を維持しやすくなります。
手遅れになる前に、少しでも気になったら専門クリニックに相談するのがおすすめです。
- Q治療をやめるとどうなりますか?
- A
AGA治療薬はAGAの進行を抑制したり、発毛を促したりするものですが、AGAの体質自体を根本的に治すものではありません。
そのため、治療を中断すると、薬によって抑えられていたAGAの進行が再び始まり、時間をかけて治療前の状態に戻っていく可能性があります。
治療効果を維持するためには医師の指示に従い、継続的な治療が必要です。
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