テストステロンは「男性ホルモン」の代表格として知られ、私たちの心身の健康に多岐にわたる働きをします。

このホルモンの作用は、たくましい筋肉や骨格の維持から、意欲的な精神状態の保持まで、男性が若々しく活力に満ちた毎日を送る上で重要な役割を担っています。

しかし、その一方で、テストステロンは薄毛、特に男性型脱毛症(AGA)の発生に深く関与しているのも事実です。

目次

テストステロンとは何か?基本的な役割

テストステロンは、主に精巣(睾丸)で作られるステロイドホルモンの一種です。

男性の健康を語る上で欠かせないこのホルモンは、思春期に急激に分泌量が増え、男性を「男性らしく」する様々な身体的変化を引き起こします。

しかし、その働きは単に性的な特徴を形成するだけにとどまりません。

男性の心身を支えるホルモン

テストステロンは、生涯を通じて男性の心と体の両方に影響を与え続けます。

例えば、筋肉量の維持や脂肪の燃焼、造血作用の促進など、生命活動の根幹に関わる多くの働きを担っています。

精神面ではやる気や競争心、決断力といったポジティブな感情の源となり、社会生活を営む上での活力にもつながります。

テストステロンの主な働き

テストステロンが体内でどのような働きをするのかを具体的に見ていきましょう。

その作用は非常に広範囲に及び、身体の様々な器官や組織に影響を与えます。男性的な特徴の形成から、見えない部分での健康維持まで、その役割は多岐にわたります。

テストステロンの作用対象と具体的な働き

作用対象具体的な働きもたらす影響
筋肉・骨格タンパク質の合成を促進し、筋肉を増強。骨密度を維持する。たくましい体つき、骨折予防
性機能性欲の亢進、精子の形成、勃起機能の維持。生殖能力、性生活の質
脳・精神意欲、競争心、集中力、決断力を高める。活動的な精神状態、認知機能

年齢と共に変動するテストステロン値

テストステロンの分泌量は、20代をピークに、加齢とともに緩やかに減少していくのが一般的です。この減少は生理的な現象ですが、その度合いには個人差があります。

テストステロン値が基準値を下回ると、体力の低下や気力の減退、性機能の衰えなど、様々な不調を感じる場合があります。

これを男性更年期障害(LOH症候群)と呼びます。

年代別男性の総テストステロン基準値(参考)

年代基準値の目安 (ng/dL)特徴
20代〜30代250 – 950最も分泌量が多い時期。
40代〜50代200 – 800緩やかに減少し始める。
60代以降180 – 700個人差が大きくなる。

テストステロンの作用が身体に及ぼす影響

テストステロンは、男性の健康と活力を維持するために、全身の様々な組織で重要な働きをしています。

その影響力は、外見的なたくましさから内面的な精神状態まで、幅広く及びます。

筋肉と骨格への作用

テストステロンの最もよく知られた作用の一つが、筋肉量の増加と骨の健康維持です。

タンパク質の合成を促進して筋肉の成長を助け、運動能力の向上に貢献します。また、骨にカルシウムが沈着するのを助け、骨密度を高める働きもあります。

このため、テストステロン値が正常に保たれていると、骨がもろくなる骨粗しょう症のリスクを低減できます。

性機能と生殖能力への関与

性欲や勃起機能といった男性の性機能は、テストステロンの作用に大きく依存しています。

また、精巣での精子形成を促進する働きもあり、生殖能力を維持するためにも重要なホルモンです。

テストステロンの量が低下すると、これらの機能に直接的な影響が出る場合があります。

精神状態や認知機能への働き

テストステロンは、脳にも作用し、私たちの精神活動に影響を与えます。

  • 意欲やモチベーションの向上
  • 競争心や闘争心の維持
  • 空間認識能力などの認知機能

これらの精神的な働きは、社会的な活動や日々の生活の質(QOL)を保つ上で大切です。

テストステロンが不足すると、何事にもやる気が起きなくなったり、気分が落ち込んだりしやすいです。

代謝と体脂肪への影響

テストステロンは体内の代謝活動にも関わっています。特に、脂肪の燃焼を助け、内臓脂肪が蓄積するのを防ぐ働きがあります。

加齢とともにテストステロンが減少し、お腹周りに脂肪がつきやすくなるのは、この作用が弱まるのも一因と考えられます。

健康的な体型を維持するためにも、テストステロンの役割は重要です。

テストステロンからDHTへの変換

テストステロン自体が直接的に薄毛を引き起こすわけではありません。

薄毛、特にAGAの主な原因となるのは、テストステロンがより強力な男性ホルモンである「ジヒドロテストステロン(DHT)」に変換されることです。

5αリダクターゼという酵素の働き

テストステロンをDHTに変換する上で中心的な役割を果たすのが、「5α-リダクターゼ(ごアルファリダクターゼ)」という還元酵素です。

この酵素は、頭皮の前頭部や頭頂部の毛乳頭細胞などに存在します。

5α-リダクターゼの働きによって、テストステロンはDHTへと姿を変えるのです。

5αリダクターゼの種類と特徴

種類主な存在場所AGAへの関与
I型全身の皮脂腺など側頭部や後頭部の薄毛に関与する可能性
II型前頭部・頭頂部の毛乳頭、前立腺などAGAの主要な原因とされる

DHTが引き起こす男性型脱毛症(AGA)

生成されたDHTが毛乳頭細胞にある男性ホルモン受容体(アンドロゲンレセプター)と結合すると、脱毛シグナルが発信されます。

このシグナルを受け取った毛母細胞は、髪の毛の成長期を短縮させてしまいます。

その結果、髪の毛は太く長く成長する前に抜け落ち、次第に細く短い毛(軟毛)に置き換わっていきます。この一連の流れがAGAの正体です。

テストステロンとDHTの働きの違い

テストステロンとDHTはどちらも男性ホルモンですが、その働きや強さには違いがあります。

DHTは、テストステロンの5倍から10倍も強力な生理活性を持つとされています。

特に、胎児期における男性器の形成や、思春期以降の体毛の成長、そしてAGAの進行に強く関与します。

テストステロンとDHTの主な働きの比較

項目テストステロンジヒドロテストステロン(DHT)
主な働き筋肉・骨の形成、性欲、造血外性器の発達、体毛の成長、AGAの進行
活性の強さ基準テストステロンの5~10倍
生成過程主に精巣で生成テストステロンが5αリダクターゼにより変換

なぜテストステロンが多い人が薄毛になるとは限らないのか

「テストステロンが多いとハゲる」という話を耳にした方もいるのではないでしょうか。

しかし、これは正確な情報ではありません。実際には、テストステロンの量そのものが薄毛の直接的な原因ではないのです。

薄毛に悩む人とそうでない人の血中テストステロン濃度に、大きな差はないことが研究で分かっています。

では、本当の原因は何なのでしょうか。ここでは、多くの人が誤解している薄毛の要因について、深く掘り下げていきます。

薄毛の本当の原因はホルモンの量ではない

AGAの進行に重要なのはテストステロンの量ではなく、DHTの作用に対する「感受性」の高さです。

つまり、どれだけDHTが作られやすいか、そして作られたDHTに髪の毛の元となる細胞がどれだけ敏感に反応してしまうか、という2つの体質的な要因が大きく影響します。

遺伝が左右する「ホルモン感受性」

この感受性の高さは、遺伝によって大きく左右されます。具体的には、以下の2つの遺伝的素因が関わっています。

  • 5αリダクターゼの活性度
  • 男性ホルモン受容体(アンドロゲンレセプター)の感度

親からこれらの遺伝的特徴を受け継ぐと同じテストステロン量でもDHTが生成されやすかったり、DHTの脱毛シグナルを強く受け取ってしまったりするため、AGAが発症しやすくなります。

薄毛が家系的に見られるケースが多いのは、このためです。

生活習慣がホルモンバランスに与える影響

遺伝的な要因が大きい一方で、日々の生活習慣もホルモンバランスに影響を与え、頭皮環境を左右します。

睡眠不足や栄養の偏り、過度な飲酒や喫煙はホルモン分泌の乱れや血行不良を招き、髪の健康を損なう可能性があります。

遺伝的な素因を持つ人が不健康な生活を送ると、薄毛の進行を早めてしまうことも考えられます。

ストレスと頭皮環境の悪化

精神的なストレスも無視できない要因です。強いストレスは自律神経のバランスを乱し、血管を収縮させます。

これによって頭皮への血流が悪化し、髪の毛の成長に必要な栄養素が毛根まで届きにくくなります。

また、ストレスはホルモンバランスの乱れにもつながるため、間接的にAGAの進行に影響を与える可能性があります。

AGA治療におけるテストステロンへのアプローチ

AGA治療を考える際、「テストステロンを減らす必要があるのでは?」と心配する方がいますが、それは誤解です。

AGA治療の目的は、男性の健康に重要なテストステロンを減らすことではなく、薄毛の原因となるDHTの生成や作用を抑制することにあります。

治療の目的はテストステロンを減らすことではない

繰り返しになりますが、テストステロンは男性の活力や健康維持に必要なホルモンです。これを無理に減らしてしまうと、体調不良や意欲の低下につながりかねません。

AGA治療では、テストステロンはそのままに、DHTへと変換される部分だけをピンポイントで阻害する方法を取ります。

5αリダクターゼ阻害薬の役割

AGA治療の中心となるのが、5αリダクターゼ阻害薬です。

この薬は、テストステロンがDHTに変換されるのを防ぐ働きをします。

主なAGA治療薬の作用点

薬剤の種類主な作用期待される効果
フィナステリドII型5αリダクターゼの働きを阻害DHTの生成を抑制し、抜け毛を防ぐ
デュタステリドI型およびII型5αリダクターゼの働きを阻害より強力にDHTの生成を抑制し、抜け毛を防ぐ

これらの薬を服用すると、ヘアサイクルの乱れを正常化させて抜け毛を減らし、髪の毛の成長を助けます。

ミノキシジルによる血行促進作用

5αリダクターゼ阻害薬と並行して用いられることが多いのが、ミノキシジルという成分です。

ミノキシジルはもともと血圧を下げる薬として開発されましたが、血管を拡張して血流を改善する作用があるため、発毛剤として利用されています。

頭皮の血行を促進し、毛母細胞に十分な栄養を届けて発毛を促し、髪の毛の成長をサポートします。

テストステロン値を健全に保つ生活習慣

AGA治療と並行して、テストステロン値を健全なレベルに保つ生活習慣を心がけると、薄毛対策だけでなく心身全体の健康維持にもつながります。

薬だけに頼るのではなく、日々の生活を見直すことも大切です。

バランスの取れた食事の重要性

テストステロンの生成には、様々な栄養素が必要です。特定の食品だけを食べるのではなく、バランスの取れた食事を基本とするのが重要です。

なかでも、テストステロンの材料となる良質なタンパク質やコレステロール、生成を助ける亜鉛やビタミンDなどを意識して摂取すると良いでしょう。

テストステロン値をサポートする栄養素と食材

栄養素主な働き多く含まれる食材
亜鉛テストステロンの生成や精子の形成に関与牡蠣、赤身肉、レバー、ナッツ類
ビタミンDテストステロン値を高める可能性が示唆きのこ類、魚介類、卵黄
良質な脂質ホルモンの材料となる青魚、アボカド、オリーブオイル

質の高い睡眠を確保する

テストステロンは、主に睡眠中に分泌されます。深いノンレム睡眠の間に多く作られるため、睡眠時間が短い、または睡眠の質が低いと、テストステロンの分泌量が低下してしまいます。

毎日7時間から8時間程度の十分な睡眠時間を確保し、快適な睡眠環境を整える工夫が重要です。

適度な運動がもたらす好影響

運動、特にスクワットなどの下半身を中心とした筋力トレーニングは、テストステロンの分泌を促進する効果が期待できます。

また、ウォーキングなどの有酸素運動は、血行を改善し、ストレス解消にも役立ちます。

ただし、過度な運動は逆にストレスとなり、体に負担をかける可能性があるので、無理のない範囲で継続しましょう。

ストレス管理とリラクゼーション

慢性的なストレスは、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を増やします。

コルチゾールはテストステロンの生成を抑制する働きがあるため、ストレスを溜め込むとテストステロン値にとってマイナスです。

趣味の時間を作る、リラックスできる音楽を聴く、瞑想するなど、自分に合った方法で上手にストレスを解消しましょう。

薄毛治療とテストステロンに関する誤解

テストステロンと薄毛の関係については、科学的根拠のない情報や誤解も多く見られます。

ここでは、よくある疑問を取り上げ、正しい情報をお伝えします。

筋トレをすると薄毛が進行する?

「筋トレでテストステロンが増えると、DHTも増えて薄毛になる」という説がありますが、これは間違いです。

適度な筋トレはテストステロン値を一時的に上昇させますが、これが直接的にAGAを悪化させるという明確な科学的根拠はありません。

むしろ、運動による血行促進やストレス解消といったメリットの方が大きいと考えられます。

過度に自分を追い込むようなトレーニングでなければ、心配する必要は低いでしょう。

AGA治療薬は男性機能を低下させる?

フィナステリドやデュタステリドといったAGA治療薬の副作用として、性欲減退や勃起機能不全(ED)などが報告されています。

しかし、これらの副作用が発現する頻度は数パーセント程度と高くはありません。また、多くは服用初期の一時的なものであったり、服用を中止すれば回復したりします。

不安な場合は自己判断で服用を中止せず、必ず医師に相談してください。

AGA治療薬の副作用(参考)

副作用の項目発現頻度の目安備考
性欲減退1~2%服用中止により回復することが多い
勃起機能不全(ED)1%未満心理的な要因が関与することも
肝機能障害頻度不明定期的な血液検査が推奨される

テストステロン補充療法は薄毛を改善するか

男性更年期障害の治療などで行われるテストステロン補充療法は、体内のテストステロンを増やす治療です。この治療によって薄毛が改善することはありません。

むしろ、AGAの素因を持つ人の場合、補充されたテストステロンがDHTに変換され、薄毛が進行する可能性があります。

薄毛の悩みに対して、自己判断でテストステロン補充療法を行うのは絶対に避けるべきです。

よくある質問(Q&A)

さいごに、テストステロンやAGA治療に関して、患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。

Q
テストステロン値は自分で測定できますか?
A

血液中のテストステロン値は、医療機関での血液検査によって正確に測定します。

最近では郵送式の検査キットもありますが、正確な診断や健康状態の評価のためには、医師の診察のもとで検査を受けるのがおすすめです。

検査結果の解釈には専門的な知識が必要となります。

Q
食事でテストステロンを増やすことは可能ですか?
A

食事はテストステロン値を維持する上で非常に重要ですが、特定の食品を食べたからといって、薬のように急激に値を上昇させるのは困難です。

亜鉛やビタミンD、良質なタンパク質など、ホルモン生成をサポートする栄養素をバランス良く摂取する、という長期的な視点が大切です。

Q
AGA治療はいつから始めるべきですか?
A

AGAは進行性の脱毛症であるため、「抜け毛が増えた」「髪のハリがなくなった」など、変化に気づいた時点でなるべく早く治療を開始することが推奨されます。

治療の開始が早いほど、良好な状態を維持しやすくなります。少しでも気になったら、専門のクリニックに相談してみましょう。

Q
治療の効果はどのくらいで現れますか?
A

AGA治療の効果を実感できるまでには個人差がありますが、一般的に3ヶ月から6ヶ月程度の継続が必要です。

これは、乱れたヘアサイクルが正常に戻り、新しい髪が成長するまでに時間がかかるためです。焦らず、根気強く治療を続けていきましょう。

参考文献

TRÜEB, Ralph M. Molecular mechanisms of androgenetic alopecia. Experimental gerontology, 2002, 37.8-9: 981-990.

PRICE, Vera H. Testosterone metabolism in the skin: a review of its function in androgenetic alopecia, acne vulgaris, and idiopathic hirsutism including recent studies with antiandrogens. Archives of Dermatology, 1975, 111.11: 1496-1502.

KAUFMAN, Keith D. Androgen metabolism as it affects hair growth in androgenetic alopecia. Dermatologic clinics, 1996, 14.4: 697-711.

LOLLI, Francesca, et al. Androgenetic alopecia: a review. Endocrine, 2017, 57.1: 9-17.

BINGHAM, K. D.; SHAW, D. A. The metabolism of testosterone by human male scalp skin. Journal of Endocrinology, 1973, 57.1: 111-121.

URYSIAK-CZUBATKA, Izabela; KMIEĆ, Małgorzata L.; BRONIARCZYK-DYŁA, Grażyna. Assessment of the usefulness of dihydrotestosterone in the diagnostics of patients with androgenetic alopecia. Advances in Dermatology and Allergology/Postępy Dermatologii i Alergologii, 2014, 31.4: 207-215.

HOFFMANN, Rolf; HAPPLE, Rudolf. Current understanding of androgenetic alopecia. Part I: etiopathogenesis. European Journal of dermatology, 2000, 10.4: 319-27.

HOFFMANN, R. Male androgenetic alopecia. Clinical and Experimental Dermatology, 2002, 27.5: 373-382.