妊娠中や授乳中にインフルエンザの予防接種を受けてよいのか、防腐剤チメロサールは赤ちゃんに影響しないのか。現在の医学的な知見は明確な答えを示しています。

チメロサールに含まれるエチル水銀は体内での半減期が短く、速やかに排泄されるため、蓄積による健康被害は報告されていません。不活化ワクチンは妊娠中のどの時期にも安全に接種できます。

授乳中も母乳への移行量はごく微量で、赤ちゃんに影響を及ぼす水準には達しません。エチル水銀の代謝や副反応への対処まで、安心して判断できる情報をまとめました。

目次
  1. 妊娠中のインフルエンザ予防接種で母体と赤ちゃん両方を守れる
    1. 妊婦はインフルエンザの重症化リスクが高い
    2. 不活化ワクチンならどの妊娠時期にも接種できる
    3. 母親の接種で生後6か月未満の赤ちゃんにも抗体が届く
  2. 防腐剤「チメロサール」はなぜワクチンに含まれるのか
    1. チメロサールの主成分「エチル水銀」とは
    2. 複数回接種用バイアルの安全を守る役割
    3. チメロサールフリーのワクチンも選択肢に入る
  3. 妊婦がチメロサール含有ワクチンを接種しても胎児への悪影響は確認されていない
    1. 自閉症リスクとの関連は大規模研究で否定済み
    2. 早産・先天異常との関連もみとめられていない
    3. 国際的な保健機関が妊婦への接種推奨を維持している
  4. 授乳中のインフルエンザ予防接種と母乳を通じた赤ちゃんへの影響
    1. 母乳中に移行する水銀量はごく微量にとどまる
    2. 授乳期の接種は赤ちゃんへの間接的な感染防御にもなる
    3. 授乳中に解熱鎮痛薬を使うときの注意
  5. エチル水銀とメチル水銀は体内での動態がまったく異なる
    1. エチル水銀の血中半減期は約3〜7日と短い
    2. 便を通じてすみやかに排泄される
    3. メチル水銀の安全基準をそのまま当てはめるべきではない
  6. インフルエンザ予防接種後に副反応が出たときの対処法
    1. 注射部位の痛み・軽い発熱は一般的な反応
    2. 妊娠中の発熱にはアセトアミノフェンを選ぶ
    3. 強いアレルギー反応の兆候と受診の目安
  7. よくある質問

妊娠中のインフルエンザ予防接種で母体と赤ちゃん両方を守れる

不活化インフルエンザワクチンは、妊娠中のどの時期でも安全に接種でき、母体のインフルエンザ重症化を防ぐと同時に、胎盤を通じた抗体移行によって生後間もない赤ちゃんの感染リスクも下げることが確認されています。とくに生後6か月未満の乳児はワクチン接種の対象外であるため、母親の接種が唯一の間接的な予防策となります。

妊婦はインフルエンザの重症化リスクが高い

妊娠中は免疫機能のバランスが変化し、心肺への負担も増すため、インフルエンザに感染すると肺炎や入院に至るリスクが一般の成人より高くなります。過去のパンデミックでも妊婦の重症例が多数報告されており、予防接種による備えが強く勧められてきました。

さらに、高熱が長く続くと早産のリスクが上がる可能性も指摘されています。感染そのものを防ぐだけでなく、万一の重症化を抑えるうえでもワクチンの効果は大きいといえるでしょう。

不活化ワクチンならどの妊娠時期にも接種できる

インフルエンザの予防接種に用いられる不活化ワクチンは、ウイルスの感染力をなくした成分から作られています。生ワクチンとは異なり、接種によってインフルエンザを発症することはありません。

妊娠初期・中期・後期いずれの段階でも接種可能であり、母体や胎児に有害な影響を及ぼしたという報告はこれまで蓄積された大規模研究においてもみられません。日本産科婦人科学会をはじめ、世界保健機関(WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)も妊婦への接種を推奨しています。

母親の接種で生後6か月未満の赤ちゃんにも抗体が届く

妊娠中にインフルエンザの予防接種を受けると、母体の体内で作られた抗体が胎盤を通じて赤ちゃんに移行します。生後6か月未満の乳児は自らワクチンを接種できないため、この「受動免疫」が赤ちゃんをインフルエンザから守る数少ない手段です。

接種する人期待できる効果
妊婦本人インフルエンザの発症・重症化を予防
胎児→新生児胎盤経由の抗体移行で生後数か月間の感染リスク低減
授乳中の母親母体の感染を防ぎ、赤ちゃんへの飛沫感染を回避

南アフリカで実施された臨床試験では、妊娠中に不活化インフルエンザワクチンを接種した母親から生まれた乳児のインフルエンザ確定感染が有意に減少したことが示されています。家庭内での感染源を減らす意味でも、母親自身が免疫を獲得しておくことは赤ちゃんの健康に直結します。

防腐剤「チメロサール」はなぜワクチンに含まれるのか

チメロサールは、複数回接種用のワクチンバイアルに細菌やカビが混入することを防ぐ目的で添加される防腐剤です。1930年代からワクチンの保存に使われてきた歴史があり、その安全性は長期にわたる使用実績と多数の研究によって裏付けられています。

チメロサールの主成分「エチル水銀」とは

チメロサールは重量の約49.6%が水銀であり、体内ではエチル水銀とチオサリチル酸に分解されます。「水銀」と聞くと強い不安を感じるかもしれませんが、大切なのはエチル水銀とメチル水銀の性質の違いを正しく知ることです。

魚介類に含まれ長期間体内にとどまるメチル水銀と異なり、エチル水銀は血中半減期が3〜7日と短く、主に便を通じてすみやかに排泄されます。ワクチン1回の接種で体に入るエチル水銀量は、ツナ缶1個に含まれるメチル水銀量を下回る水準です。

複数回接種用バイアルの安全を守る役割

ワクチンが1本のバイアルに複数回分充填されている場合、注射針を何度も刺し入れるたびに外部から細菌が入りこむリスクが生じます。チメロサールはこの微生物汚染を防ぐために加えられており、感染症の蔓延を食い止めるうえで重要な働きを担ってきました。

先進国では単回使用のプレフィルドシリンジ(あらかじめ1回分が充填された注射器)が普及し、チメロサールを含まない製剤も広く流通するようになっています。一方、途上国ではコストや流通の面から複数回接種用バイアルへの依存度が依然として高く、チメロサールの役割は今も続いています。

チメロサールフリーのワクチンも選択肢に入る

日本国内で流通しているインフルエンザワクチンの多くは単回使用型であり、チメロサールを含まないか、ごく微量しか含んでいません。どうしても気になる方は、接種前に医療機関へチメロサールの有無を確認すると安心でしょう。

ただし、チメロサールを含む製剤と含まない製剤のあいだに安全性の差は認められていません。アメリカ産科婦人科学会(ACOG)もチメロサールの有無にかかわらず妊婦への接種を推奨しており、防腐剤の種類だけで接種をためらう必要はないといえます。

妊婦がチメロサール含有ワクチンを接種しても胎児への悪影響は確認されていない

「チメロサール入りのワクチンで赤ちゃんに何か起きるのでは」という心配は根強いものの、大規模な疫学研究はその関連を繰り返し否定しています。早産や先天異常との因果関係もみられず、世界の主要な保健機関が妊娠中の接種推奨を維持している事実がその安全性を物語っています。

自閉症リスクとの関連は大規模研究で否定済み

チメロサールと自閉症スペクトラム障害(ASD)の関連を疑う声は以前から存在しました。しかし、デンマークの約46万人の小児を対象にしたコホート研究や、アメリカの3つの大規模医療機関を横断した症例対照研究など、複数の厳密な調査が一貫してリスク上昇を示さない結果を報告しています。

とりわけ、妊娠中のチメロサール曝露と出生後のASD発症との関連に絞った分析でも、調整済みオッズ比は統計的に有意な上昇を示しませんでした。こうしたエビデンスの蓄積によって、現在の医学界ではチメロサールとASDの因果関係は認められないという結論がほぼ一致しています。

早産・先天異常との関連もみとめられていない

2023年に発表された系統的レビューでは、季節性インフルエンザワクチンの妊娠中接種と早産・死産・先天異常との関連を検討した63件の研究が集約されました。結論としては、ワクチン接種群と非接種群のあいだに有意なリスク差は認められていません。

評価項目研究の結論
早産有意なリスク上昇なし
自然流産関連は認められず
先天異常リスク増加の報告なし
低出生体重児有意差なし

研究ごとの交絡因子の調整方法にはばらつきがあるため、エビデンスの確実性は「非常に低い」と評価されていますが、少なくとも有害であるという方向の結果は示されていません。

国際的な保健機関が妊婦への接種推奨を維持している

WHO、CDC、ACOG、日本産科婦人科学会など、世界各地の主要な保健機関は妊娠中のインフルエンザ予防接種を推奨し続けています。チメロサール含有ワクチンについても安全性に問題がないとの見解は共通しており、防腐剤の存在を理由に接種を避ける必要はないと明言しています。

ACOGは「チメロサール含有ワクチンとチメロサールフリーワクチンのいずれについても、妊婦を含むあらゆる集団に対して特別な優先順位を設けていない」という声明を出しています。

授乳中のインフルエンザ予防接種と母乳を通じた赤ちゃんへの影響

授乳中の方がインフルエンザの予防接種を受けても、母乳を介して赤ちゃんに有害な影響が及ぶ心配はほとんどありません。ワクチン由来のエチル水銀が母乳中へ移行する量はごく微量であり、赤ちゃんの健康に影響する水準を大きく下回ります。

母乳中に移行する水銀量はごく微量にとどまる

母親が食事から摂取する水銀(主に魚由来のメチル水銀)はもともと母乳中にわずかに含まれていますが、その量は乳児の健康に影響を与えないとされる範囲内です。チメロサール由来のエチル水銀は体内で速やかに分解・排泄されるため、母乳中の水銀濃度に意味のある上昇をもたらしません。

ブラジルで行われた研究では、授乳中の母親の毛髪中水銀量が6か月の授乳期間を通じて減少する傾向がみられ、授乳そのものが母体の水銀排出に寄与する可能性も示唆されています。

授乳期の接種は赤ちゃんへの間接的な感染防御にもなる

授乳中の母親がインフルエンザに感染すると、咳やくしゃみを介して赤ちゃんに飛沫感染させるリスクが高まります。母親自身がワクチンで免疫をつけておくことは、赤ちゃんの感染機会を減らす効果的な方法です。

加えて、母乳に含まれるIgA抗体がワクチン接種後に一時的に増加するとの報告もあり、母乳を通じた免疫成分の供給も赤ちゃんの防御に寄与する可能性があります。授乳を中断する必要は一切ありません。

授乳中に解熱鎮痛薬を使うときの注意

接種後に軽い発熱や頭痛が出た場合、アセトアミノフェン(カロナールなど)は授乳中でも安全に使用できる薬剤として広く知られています。母乳への移行量が少なく、赤ちゃんへの影響はほぼ無視できます。

一方、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の一部であるアスピリンは、授乳中に大量に服用するとライ症候群との関連が指摘されるため、自己判断で使用せず主治医に相談してください。接種後の軽い不調は通常1〜2日で落ち着きます。

エチル水銀とメチル水銀は体内での動態がまったく異なる

チメロサールへの不安が生じる大きな原因は、「水銀」というひとくくりのイメージにあります。しかし、ワクチン由来のエチル水銀と魚介類由来のメチル水銀では、体内での吸収・分布・排泄のしくみが根本的に異なり、同列に扱うのは科学的に正確ではありません。

エチル水銀の血中半減期は約3〜7日と短い

216名の乳児を対象にした薬物動態研究では、チメロサール含有ワクチンを接種した後の血中水銀値は接種後0.5〜1日でピークに達し、3.7日の半減期で速やかに低下しました。30日後には接種前の水準に戻っていたことが確認されています。

比較項目エチル水銀メチル水銀
主な曝露源チメロサール含有ワクチン魚介類の摂取
血中半減期約3〜7日約45〜70日
主な排泄経路便毛髪・便(緩やか)
体内蓄積性低い高い

メチル水銀の血中半減期が45〜70日であるのに対し、エチル水銀はその10分の1以下の速さで血中から消失します。蓄積性の低さがチメロサールの安全性を支える重要な根拠です。

便を通じてすみやかに排泄される

エチル水銀はおもに腸管を経由して便中に排泄されます。乳児を対象にした研究では、接種後の便中水銀濃度が血中や尿中の濃度よりもはるかに高かったことが確認されており、体内にとどまる期間が極めて短いことを示しています。

霊長類(アカゲザル)を用いた比較研究でも、チメロサール由来の水銀は脳内濃度がメチル水銀の約3分の1にとどまり、体内での蓄積パターンが大きく異なることが明らかになりました。

メチル水銀の安全基準をそのまま当てはめるべきではない

エチル水銀とメチル水銀は化学構造が似ているものの、排泄速度と蓄積性に大きな差があるため、メチル水銀に対して定められた安全基準をエチル水銀にそのまま適用することは過大な懸念を生む原因になりえます。

アメリカ食品医薬品局(FDA)は、チメロサール由来のエチル水銀曝露量が乳児の安全値を超えないことを薬物動態モデルで確認しています。WHOの国際ワクチン安全諮問委員会(GACVS)も、早産児・低出生体重児を含むすべての乳児で血中エチル水銀は安全な範囲内にとどまると報告しました。

インフルエンザ予防接種後に副反応が出たときの対処法

注射部位の痛みや軽い発熱といった副反応はワクチン接種後によくみられますが、妊娠中・授乳中であっても対処法は基本的に同じです。多くの場合は1〜2日で自然に治まり、重い症状に発展することはまれです。

注射部位の痛み・軽い発熱は一般的な反応

接種した腕の腫れや痛み、37度台の微熱、だるさは免疫が応答している証拠であり、心配する必要はありません。腕の痛みには接種側を下にして寝ないようにする、冷たいタオルで軽く冷やすといった対処が有効です。

  • 接種部位の腫れ・発赤:冷やして安静にする
  • 微熱・倦怠感:水分をしっかり摂り休養する
  • 頭痛・筋肉痛:通常1〜2日で軽快する

これらの軽い副反応はチメロサールの有無にかかわらず一定の割合で生じるもので、防腐剤に特有の反応ではありません。

妊娠中の発熱にはアセトアミノフェンを選ぶ

妊娠中に38度以上の発熱が続く場合は、かかりつけ医に連絡のうえアセトアミノフェン(カロナール)を服用してください。アセトアミノフェンは妊娠中にも比較的安全に使用できる解熱鎮痛薬として世界的に広く認められています。

イブプロフェンやロキソプロフェンなどのNSAIDsは、妊娠後期に使用すると胎児の動脈管に影響を及ぼす可能性があるため、自己判断での服用は控えましょう。

強いアレルギー反応の兆候と受診の目安

ごくまれに、接種後30分以内に息苦しさ・じんましん・顔のむくみ・急激な血圧低下といったアナフィラキシーの徴候が出る場合があります。卵アレルギーのある方は事前に主治医に申告し、接種後は少なくとも15〜30分間は医療機関内で経過を観察してもらいましょう。

症状の種類対処法
注射部位の腫れ・痛み冷やして様子をみる
37度台の微熱水分摂取・安静で対応
息苦しさ・じんましん直ちに医療機関を受診

アナフィラキシーが起きた場合でも、医療機関で速やかにアドレナリン(エピネフリン)を投与すれば救命できます。過度な恐怖でワクチン接種を避けるよりも、医療スタッフのいる環境で安全に接種を済ませることが大切です。

  • 接種後15〜30分は医療機関にとどまる
  • 帰宅後に異変を感じたら迷わず受診する
  • 過去にワクチンで強い反応が出た方は必ず事前申告する

よくある質問

Q
チメロサールを含むインフルエンザワクチンは妊娠初期に接種しても問題ありませんか?
A

不活化インフルエンザワクチンは妊娠初期を含むすべての妊娠時期に接種できます。チメロサール含有ワクチンの妊娠初期接種と流産・先天異常のリスク上昇を示した質の高い研究は報告されていません。

CDCやACOGもインフルエンザシーズン中であれば妊娠週数にかかわらず接種を推奨しています。気になる場合はかかりつけの産婦人科医にご相談ください。

Q
チメロサールフリーのインフルエンザワクチンを選んだほうが安全性は高いですか?
A

チメロサールを含むワクチンと含まないワクチンの安全性に差は認められていません。ACOGはチメロサールの有無にかかわらず接種を推奨しており、防腐剤の種類を理由にワクチン接種を遅らせることは避けるべきだとしています。

日本国内で流通しているインフルエンザワクチンの多くは単回使用型であり、チメロサールを含んでいないか含有量がごく少量の製品が中心です。どちらの製品でも同等の効果と安全性が得られます。

Q
授乳中にインフルエンザ予防接種を受けた場合、一時的に母乳をやめる必要がありますか?
A

授乳を中断する必要はありません。不活化インフルエンザワクチンの成分が母乳を通じて赤ちゃんに有害な影響を及ぼすことは確認されていません。接種後もそのまま授乳を続けていただけます。

むしろ、母親がワクチンで免疫をつけておくことは、飛沫を通じた赤ちゃんへの感染リスクを下げる効果があります。安心して授乳を継続してください。

Q
インフルエンザワクチンに含まれるチメロサールが赤ちゃんの皮膚トラブルを引き起こすことはありますか?
A

チメロサールに対する接触性皮膚炎(かぶれ)は、パッチテストで陽性を示す方に局所的にみられることがありますが、ワクチン接種で全身性の皮膚症状が起きることは極めてまれです。赤ちゃんの湿疹や発疹は乳児湿疹やアトピー性皮膚炎など別の原因によるものが多く、ワクチンの防腐剤との直接的な因果関係が証明された報告はほとんどありません。

接種後に赤ちゃんの皮膚に気になる変化が現れた場合は、自己判断せず皮膚科や小児科を受診して原因を確認してもらいましょう。

Q
妊娠中にインフルエンザ予防接種を受けなかった場合、産後すぐに接種してもよいですか?
A

産後すぐの接種は可能です。出産直後の時期も母体の免疫力は十分に回復しておらず、インフルエンザに感染すると赤ちゃんの世話に支障をきたすだけでなく、新生児への感染リスクも生じます。インフルエンザの流行期であれば、退院後できるだけ早く接種を検討してください。

授乳中であっても安全に接種できますので、産後の体調が落ち着いたタイミングでかかりつけ医に相談されるとよいでしょう。

参考文献