ホルモンという言葉を聞く機会はたくさんあっても、一体どんなホルモンがどんなことをしているかを知っている人はそこまで多くないでしょう。
ホルモンとは、特定のホルモンを出す細胞から出てくる「指令」。これがほかの細胞に届くことによって身体の中に変化が起こるというわけです。
体つきを男らしくさせるホルモン「テストステロン」や血糖値を下げるホルモン「インスリン」のような有名なホルモンもある中、「ソマトスタチン」というそこまで有名ではないホルモンはご存じでしょうか。
消化機能に関わるほかのホルモンの動きをストップさせるホルモンが「ソマトスタチン」。
これを出す細胞が異常に増えてしまい「できもの」(腫瘍)となると「ソマトスタチノーマ」と呼ばれ、ホルモンを生み出す腫瘍「神経内分泌腫瘍」(しんけいないぶんぴつしゅよう、NET)の一つです。
この記事では、ソマトスタチノーマについて解説いたします。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
ソマトスタチノーマの病型
ソマトスタチノーマは出きる場所や性質によって病型が分かれます。
ソマトスタチノーマの主な病型
大きく分けてただ腫瘍が大きくなるだけの良性腫瘍と、周りの臓器を巻き込んだり遠くに転移する悪性腫瘍(がん)がありますが、ソマトスタチノーマは9割以上が悪性です。
さらに、場所によって膵臓や小腸(十二指腸・空腸)などに分けられますが、ほとんどは膵臓と十二指腸で、膵臓の方が僅かに多い傾向にあります。
ソマトスタチノーマの症状
ソマトスタチノーマの症状は、そこから出るホルモン「ソマトスタチン」による症状です。
食べ物の消化吸収に関わるあらゆるホルモンの働きを抑えるホルモンなので、消化不良の症状が目立ちます。
また、それに関連する二次的な症状が現れやすいことも特徴です。
- 下痢:腸の働きを抑えるホルモンが働かなくなることによる症状。腸の動きが活発になることで下痢になり、特に油っこい食事を摂取した後に目立ちます。
- 胃の運動低下:胃を動かすホルモンを抑えることによる症状。食べ物の消化不良やお腹が空きにくくなります。
- 腹痛:消化に関わるホルモンの働きがおかしくなることで起こる症状。お腹が痛くなります。また、腫瘍が大きくなりお腹を圧迫することで腹痛が起こることも。
- 脂肪便:膵臓から出る消化液を抑えるホルモンが働かなくなることで起こる症状。脂肪を消化することができなくなると、便に脂肪が混じります。
- 体重減少:栄養の消化・吸収不良によって体重が減ってしまいます。
- 胆石:胆のうを動かすホルモンが働かなくなることによる症状。胆のうに石ができます。
- 糖尿病:血糖値を下げるホルモンであるインスリンが出にくくなることで起こる症状。血糖値が上がることによって糖尿病の症状が起こります。
ソマトスタチノーマの原因
ソマトスタチノーマにかかわらず、腫瘍ができやすい条件はある程度わかっています。一つだけでなく、いろいろな要素が混じることで起こりやすさが増えるのです。
遺伝的要因
腫瘍の中には、できやすい遺伝子があることがわかっているものmpあります。ソマトスタチンのような膵臓からホルモンを出す腫瘍ができやすくなる遺伝子は「MEN1遺伝子」です。
親から子へ遺伝するものであり、このような状態を「MEN1症候群」と言います。
長く続くダメージによる変化
ある場所が刺激を何度も受けることによって、その場所の細胞が突然変異を起こしやすくなり、腫瘍ができます。
- 長く続く炎症(慢性炎症):ソマトスタチノーマの場合は膵臓に出きやすいことから、膵炎が原因となり得ます。
- 化学物質:一部の化学物質に何度も晒されることで、細胞の変異リスクが高まります。
- 加齢:老化とともに細胞の突然変異を抑えることができなくなり、腫瘍ができやすくなります。
ソマトスタチノーマの検査・チェック方法
今まで記述した特徴から複合的にソマトスタチノーマを疑った時、ソマトスタチノーマの検査を行います。
- 血液検査:身体の中にあるソマトスタチンの濃度を測ります。
- 超音波検査(エコー):腫瘍の位置や大きさを確認します。ただしソマトスタチノーマができやすい膵臓や十二指腸は超音波ではあまり見えません。
- CT検査:腫瘍の位置や大きさ、ほかの場所へ広がっているかを確認します。
- MRI検査:MRI同様に腫瘍の位置や大きさ、ほかの場所へ広がっているかの確認です。
- 内視鏡超音波検査(EUS):内視鏡で身体の内側に超音波の機械を入れて、腫瘍を確認します。
以上の検査からソマトスタチノーマが疑わしいときは、生検(腫瘍の一部を切り取って顕微鏡で確認する検査)を行いソマトスタチノーマと確定診断することに。
ソマトスタチノーマの治療方法
ソマトスタチノーマの治療方法は腫瘍の大きさやほかの場所への広がり、患者さんの健康状態から総合的に判断します。
主な治療方法
ソマトスタチノーマの治療方法は大きく分けて以下の3つです。
- 手術:腫瘍を手術で取り除きます。ソマトスタチノーマを完全に治す唯一の方法で、可能な限り行います。
- 薬物療法:ソマトスタチノーマの成長を妨げる薬物や、腫瘍の大きさを縮小させる薬物、ソマトスタチンの働きを妨げる薬物を使って症状を和らげます。手術で取りきれないときに行います。
- 放射線療法:腫瘍やその周辺の組織に放射線を照射し、腫瘍細胞を破壊する治療法です。手術が困難な場合や、再発を防ぐ目的で使用されることがあります。
ソマトスタチノーマの治療期間
治療期間の差
ソマトスタチノーマの治療期間は、以下の要因で変わります。
- 腫瘍の大きさと位置
- 転移の有無
- 健康状態や持病、合併症
- 治療方法
一般的な治療期間の目安
個人差があるので、大まかな目安を示します。
要因 | 一般的な治療期間 |
---|---|
小さな腫瘍(手術のみ) | 約2週間 – 1ヶ月 |
大きな腫瘍や複数の腫瘍(手術のみ) | 約1ヶ月 – 3ヶ月 |
転移がある場合(薬物・放射線療法) | 約3ヶ月 – 6ヶ月以上 |
薬の副作用や治療のデメリット
どんな治療法にも副作用やデメリットはつきもので、それはソマトスタチノーマも同じです。
主な治療薬の副作用
ソマトスタチノーマに使われる薬剤はソマトスタチンの働きを抑えるもので、食べ物の消化に関わるホルモンに手を加えることで、消化管の症状が出現することがあります。
薬剤によって異なりますが、消化不良・腹痛・下痢・吐き気のほか、血中のエネルギーにかかわる副作用が起こることも。
また、どの薬にも言えることですが薬に対する反応として薬疹や発熱が起こる可能性もあります。
治療のデメリット
薬の副作用以外に起こるデメリットもあります。当然のことですが治療には通院を続ける必要があるので
- 時間
- 体力
- 経済
の負担がかかります。どの程度かは状態によって異なりますが、どんなに軽いとしても大病院への通院・大がかりな検査は5回以上かかります。
保険適用について
現在のところ、ソマトスタチノーマに関する検査や治療は治験を除いて全て保険適応となっています。適応外の医療行為は国内・海外含めて勧められません。
参考文献
- Krejs, Guenter J., Lelio Orci, J. Michael Conlon, Mariella Ravazzola, Glenn R. Davis, Philip Raskin, Stephen M. Collins et al. “Somatostatinoma syndrome: biochemical, morphologic and clinical features.” New England Journal of Medicine 301, no. 6 (1979): 285-292.
- Nesi, Gabriella, Tommaso Marcucci, Carlos A. Rubio, Maria Luisa Brandi, and Francesco Tonelli. “Somatostatinoma: Clinico‐pathological features of three cases and literature reviewed.” Journal of gastroenterology and hepatology 23, no. 4 (2008): 521-526.
- Gomes-Porras, Mariana, Jersy Cárdenas-Salas, and Cristina Álvarez-Escolá. “Somatostatin analogs in clinical practice: a review.” International journal of molecular sciences 21, no. 5 (2020): 1682.
- Larsson, L-I., J. J. Holst, C. Kühl, G. Lundqvist, M. A. Hirsch, S. Ingemansson, S. Lindkaer Jensen, J. F. Rehfeld, and T. W. Schwartz. “Pancreatic somatostatinoma: clinical features and physiological implications.” The Lancet 309, no. 8013 (1977): 666-668.]