電車に乗ると、どこもかしこも薄毛治療、薄毛治療… 薄毛に悩んでいる方がどれだけ多いかがわかります。
しかしそのほとんどが男性型脱毛症、AGAの話。
では女性は脱毛に悩むことはないの?
そんなことはありません。あちこちに女性用ウィッグが並ぶように、むしろ女性こそ薄毛などの見た目が気になるもの。
でも、残念ながら女性の脱毛症は、男性ほど取り沙汰されていないのが事実です。
AGAとは男性ホルモンによって脱毛が起こる現象。
そして男性にも女性ホルモンがあるように、女性にも男性ホルモンが存在します。
つまり、AGAは男性だけの問題ではありません。
女性の男性型脱毛症(Female Androgenetic Alopecia、略してFAGA)は、男性とはちょっと違った薬が必要です。
内科でよく使われる薬、スピロノラクトン(商品名 アルダクトンA)がなぜFAGAに使われるのか。
ヒントはAGAの最初のA、アンドロゲン。これでもかというほどスピロノラクトンを使ってきた内科専門医が解説します。
この記事のまとめ
- 脱毛の一種は男性ホルモンで起こるAGA。女性も起こります。
- 男性用のAGA治療薬は女性には禁物。
- 男性ホルモンはステロイドの一つ。ステロイドをコントロールしよう。
- ステロイドを抑える薬、スピロノラクトン(アルダクトンA)。本来は利尿剤です。
- スピロノラクトンの注意点。脱水やミネラルバランスの崩れに気を付けよう。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
女性の脱毛症、FPHLとFAGA。
薄毛、気になりますよね。
男性の薄毛はあちこちでカジュアルに宣伝されているおかげで、ずいぶん相談や治療をしやすくなりました。
一方で、女性の薄毛はどうでしょうか。
あちこちに並ぶ女性用ウィッグや頭を隠す帽子。一方で、女性の薄毛を治しましょうという話はあまり聞きませんよね。
女性の脱毛はfemale pattern hair loss、略してFPHLと呼ばれ、さまざまな原因が挙げられます。
その中の一つ、FAGA(女性型男性型脱毛症)についてお話しましょう。
そもそもAGAとはなぜ起こる?
男性型というからには、男性に関係がありそうです。実際のところは、男性ホルモンの一つ「ジヒドロテストステロン」(DHT)が頭の額やつむじの髪の毛を攻撃して、抜け毛が起こっている状態をAGAと言います。
額が攻撃されるとM字、つむじが攻撃されるとO字に抜け毛が。
そうなると、AGAは男性だけに起こる?と思いがちですが、男性ホルモンは女性にも存在します。
女性っぽい男性がいるように、男性っぽい女性もいるわけです。※この「っぽい」というのは、あくまでホルモンのお話。
ですので男性同様にO字とM字に脱毛が起こってしまう、これが女性型男性型脱毛症(FAGA)です。
治療は男性ホルモンをコントロールすること
男性の治療薬はフィナステリドとデュタステリド
男性の話に戻ります。一般的なAGA治療の流れとしては、抜け毛の原因であるジヒドロテストステロン(DHT)が生まれないようにすることが第一目標です。
DHTはテストステロンという男性ホルモン(人を男性らしくするホルモン)がとある物質とくっつきて(5αリダクターゼ)変化し、DHTとなります。この5αリダクターゼの邪魔をすることでAGAを防ぐのです。
その薬の名前はフィナステリド(商品名 プロペシア)及びデュタステリド(商品名 ザガーロ)と言います。
女性はフィナステリドとデュタステリドに近づくな
さて、そんなフィナステリドやデュタステリドを女性が使うとどうなるでしょうか。
男性ホルモンに溢れている男性は、少々ジヒドロテストステロンをコントロールしたところで問題ないことがほとんどです。
一方で、ごく僅かなジヒドロテストステロンしか持っていない女性が同じことをするとどうなるでしょうか。
ホルモンバランスが大きく乱れてしまうため、身体にとって悪い影響がたくさん出てしまいます。
また、お腹の中の赤ちゃんにも悪い影響が。ジヒドロテストステロンは胎児の成長にも影響するため、胎児奇形を起こしてしまいます。
そしてこの薬、触っただけで身体の中に吸収されてしまうのです。
よって女性や子供はフィナステリドやデュタステリドに触ってはいけません。
男性ホルモン、アンドロゲンをコントロールせよ
そうは言っても、女性も男性ホルモンで困っているからコントロールしたいのですよね。
話は戻りますが、AGAの最初のAは「アンドロゲン」のAでした。アンドロゲンとは、男性ホルモンのことを指します。アンドロゲン一族の中にテストステロンやジヒドロテストステロンがいるのですね。
フィナステリドはテストステロンをジヒドロテストステロンになるのを抑える薬でしたが、そもそものアンドロゲン一族を抑えられたら、同じ様にジヒドロテストステロンを抑える治療に繋がりそうですよね。
そこで登場するのが「抗アルドステロン薬」スピロノラクトン(商品名 アルダクトンA)です。
アルドステロン?アンドロゲンではないの?この2つの関係は後で解説いたします。
アルドステロンもアンドロゲンもステロイド一家の兄弟
スピロノラクトンは利尿剤〜肝硬変や心不全、高血圧の薬です〜
薬というものは、身体の仕組みそのものに作用するため、期待した効果のほかに、思いもよらない効果(副作用)が一定数の方に出てしまいます。
AGAの薬であるフィナステリドやデュタステリドも、もともとは前立腺肥大症の薬として開発されたものでした(今でもデュタステリドはアボルブという名前で前立腺肥大症の治療に使われています)。
最初にスピロノラクトンは内科医がバンバン使うと書きました。スピロノラクトンは内科の薬で、具体的には利尿剤(おしっこを出す薬)として、高血圧や肝硬変、心不全に使っています。
体の中の水分をおしっことして出すことで、これらの治療に繋げるのです。おしっこを出す方法はたくさんありますが、そのうちの一つが「アルドステロン」というホルモンを抑えること。
こうして「抗アルドステロン薬」スピロノラクトンが誕生しました。
副腎皮質から生まれるステロイド一家の話
アンドロゲン(男性ホルモン)とは全く関係ない話に見えますが、大いに関係あるのです。
というのも、アンドロゲンもアルドステロンも、ステロイド一家の兄弟。ステロイドという言葉はよく聞くと思いますが、「副腎皮質」という臓器から生まれるホルモンのことをステロイドホルモンといいます。
これは、副腎皮質が作るホルモンには「ステロイドじるし」が押されているからです。ブランドのロゴみたいなものですね。
皮膚科や内科で炎症を抑えるために出されるステロイド(コルチゾール、糖質コルチコイド)も、マッチョマンがドーピングに使うアナボリックステロイド(アンドロゲン、男性ホルモン)も。
そして、今回出てきたアルドステロン(鉱質コルチコイド、ミネラルコルチコイド)も、すべて副腎皮質から生まれるステロイド一家の兄弟ということです。
本当はアルドステロンだけ抑えたいのに…
このうちアルドステロン(ミネラルコルチコイド)は、身体の中のミネラル(ナトリウムとかカリウムとか、日本語で言う電解質)をコントロールするホルモンです。
おしっこに出すミネラルを調整することで、ミネラルバランスを調整しています。このアルドステロンを邪魔しておしっこを増やすのが抗アルドステロン薬、スピロノラクトンです。
しかしこのスピロノラクトン、困ったことにコントロール能力が雑。アルドステロンだけでなく、ステロイド一家をまとめて邪魔してしまうのです。
その結果、男性ホルモンであるアンドロゲンまで邪魔されてしまいます。
そのため副作用として女性化乳房(男の人のおっぱいが大きくなる)なんて問題も。
そんな困ったさんの改良版として、もっとミネラルコルチコイド(アルドステロン)のみを狙った薬がどんどん開発されていますが、今でもスピロノラクトンは多くの内科で使われています。
スピロノラクトンでアンドロゲンをやっつけろ
それを逆手に取って、アンドロゲンによる困った問題を解決するというのがFAGA治療にスピロノラクトン(アルダクトンA)が使われる理由です。
アンドロゲンは筋肉を発達させたり若々しさを作ったりといい作用がある反面、先述した脱毛の原因になったり、皮膚の脂を増やしてニキビの原因になったりと困った作用も。
そのため、女性の男性型脱毛症やニキビ治療にスピロノラクトンが効くとされています。
抗アンドロゲンとしては適応外使用(国が認めていない使い方)です。
本当はアルドステロンを抑える利尿剤です
本来はナトリウムやカリウムといったミネラルをいじっておしっこを出させて、身体の中の水分を減らしたり血圧を下げたりする薬。
そのため、スピロノラクトンはFAGAやニキビ治療の薬としては、厚労省が認めていません。薄毛治療の代表的な薬のひとつ、ミノキシジルの飲み薬が認められていないのと理由は同じ「副作用が危ないから」です。
副作用というよりも、本来の作用なのですが、ミネラルバランスが崩れたり血圧が下がったりすることは、普通の人にとっては大問題。
飲むならミネラルや脱水、低血圧に気をつけて
もともと高血圧や心不全、肝硬変といった病気の人に使うときですら、それらの効果が強すぎないか注意する必要があるのです。いい薬も効きすぎると毒に。
おしっこが出すぎると脱水症状を起こしてしまいますし、血圧が下がって倒れてしまいます。
そして、一番内科医が気をつけているのがミネラルバランスの崩れ、特にカリウムの乱れです。
血中のカリウム濃度が高くなると?心臓が止まります
一番怖い副作用の一つが、高カリウム血症(血液の中のカリウムが濃くなること)。
高濃度のカリウムは、心臓の動きを止めてしまうのです。よって、高濃度カリウムの注射薬(KCl)は心臓の手術をするときに使ったり、安楽死に使われる薬となります(日本では人に対する安楽死は非合法です)。
急にカリウムが上がることは考えにくく、よほどカリウムが高くならない限り心臓が止まることはありません(その前に不整脈といった兆候が出ます)。
アルドステロンに影響する薬を使うときはしっかりカリウムの値を確認する必要があります。
内科医はよく使う薬です〜心不全や肝硬変のような大病に効果あり〜
恐ろしいことを書きましたが、内科医は高カリウム血症を含めたミネラルバランスの崩れには慣れているので、心臓が止まりそうなほど高くなっても、なんとかする方法を知っています。
最悪止まっても、死んでなければなんとかするのです(ここまで行くと救急医の出番かも…)。
むしろ熟練の内科医ほど「低カリウム血症のほうが怖い」と言います(低くても心臓が止まってしまうのですが、そっちのほうが治療が難しいのです)。
肝硬変や心不全のような、死が迫っている人に使う薬、スピロノラクトン。
健康な方相手でしたら、しっかり慣れている医者にとって扱いやすい薬です。
まとめ
- 男性ホルモンによる脱毛は女性にも起こります。
- 女性は男性用のAGA治療薬を触ることすらいけません。
- 男性ホルモンはステロイドホルモンの一つ。ステロイドホルモンを抑える薬が利尿剤のスピロノラクトン。
- スピロノラクトンを使うときは脱水やミネラルバランスの崩れに気を付けよう。