何かの細胞が異常に増殖すると「腫瘍」という形として身体に出現します。
どんな細胞にも起こり得る現象の中で、「ガストリン」というホルモンを出す細胞(G細胞)が腫瘍になったものが「ガストリノーマ」。
ガストリンはもともと胃から胃酸が出ることを促進させるホルモンです。これを出す細胞が増えると胃酸が出すぎて問題になります。
比較的まれで一般的には知られていないながらも起こると大変、この記事でガストリンの特徴について確認しましょう。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
ガストリノーマの病型
ガストリノーマができる場所としては、
- 胃
- 十二指腸
- 膵臓
が挙げられ、それぞれ良性と悪性(がん)の2タイプがあり、確率はいずれも50%です。
良性の場合はガストリンが出すぎることと、腫瘍が大きくなると周りにあるものが圧迫されることだけが問題なことに対して、悪性の場合は身体中にガストリノーマが広がったり転移してしまいます。
ガストリノーマの症状
ガストリノーマの症状は、ガストリン、そして胃酸が過剰に出ることによる胃や十二指腸の問題。最初に起こる症状は以下のとおりです。
- 胃痛や胃の不快感
- 胸焼けや胃酸がこみ上げる感じ
- 吐き気・嘔吐
これらの問題は胃酸によって起こるものの、ほかにも胃酸で起こる問題はたくさんあるのでガストリノーマに特徴的なものはありません。
強いて言うなら、普通の治療ではなかなか治らないということが特徴です。さらに症状が悪化すると、
- 胃・十二指腸潰瘍
- 胃穿孔(胃に穴が開く)
- 炎症が起こった場所が狭くなり、食べたものが詰まる
- 黒い便や血便、吐血
- 治らない下痢
- 食欲低下・体重減少
といった問題になります。ガストリノーマの症状は徐々に進行するので、突然ここまで重症になることはまれながらも放置すると大変なことに。
特にガストリノーマでできる胃潰瘍はなかなか治りにくく、しかも多発するので「ゾリンジャー-エリソン症候群」という名前がついています。
ガストリノーマの原因
ガストリノーマにかかわらず、細胞がコントロール不能なまでに異常に増えて「腫瘍」を作る流れは悪性・良性にかかわらず共通しています。
- 細胞のDNAに異常が起こる
- DNAの異常を治したり、異常なDNAの細胞を壊す機能が働かなくなる
- 異常なDNAのせいで細胞がどんどん増える
まず細胞のDNAに異常が起こることについて。日々身体の多くの細胞はすごい勢いで分裂を続け、どんどん死んでいきます。
例えば皮膚の細胞がどんどん分裂して増えると、古い細胞が死んで垢として身体から出ていくといった感じです。
細胞の分裂は細胞の設計図である遺伝子(DNA)をコピーすることから始まりますが、その時のコピーにエラーが起こると異常なDNAが生まれてしまいます。
そして実はこのエラー、日常茶飯事。毎日すごい数の異常なDNAが生まれる中、身体そのものまでおかしなことにならないように存在するのがDNAのエラーをなんとかする機能です。
おかしなDNAを正しいDNAにしたり、おかしなDNAを持つ細胞そのものを殺す火消し役。その火消し役細胞のDNAそのものに問題が起こると、異常なDNAの増殖が止まらなくなって腫瘍ができてしまいます。
逆に、もともと歯止めが効かないレベルに細胞がどんどん増えてしまうおかしなDNAが問題となる場合も。
このようなDNAの異常はたまたま起こるエラーのほか、環境にも左右されます。
特に年齢とともにエラーをなんとかする機能に異常が起こりやすくなって腫瘍ができやすくなり、それはガストリノーマも同じ。
若い人よりも中高年のほうができやすいです。さらに男性のほうが若干なりやすさが高いと言われています。
そして一番問題になるのは「がん家系」です。異常な遺伝子が子供に遺伝してしまう「腫瘍ができやすい症候群」も存在します。
アンジェリーナジョリーが「乳がんと卵巣がんになりやすい遺伝子を持つ家系」で生まれたことから、あらかじめ乳房と卵巣を手術で取ったことがニュースになりました。
ほかにもそういった遺伝子家系があるのですが、ガストリノーマの場合はその中でも「多発性内分泌腺腫症(MEN1)」というホルモンに関わる細胞が異常に増えてしまう遺伝病が問題となります。
ガストリノーマの検査・チェック方法
ガストリノーマの検査や診断は、まず疑うことから。
というのも、ガストリノーマの症状は胃潰瘍や逆流性食道炎、機能性ディスペプシア(自律神経の問題で胃の調子が悪くなる病気)のようなほかのありがちな胃酸の問題で起こる病気の症状と似ているのです。
なかなか症状が治らなかったり、胃潰瘍が多発するようだったら(ゾリンジャー・エリソン症候群)ガストリノーマを疑うことに。
また、お話ししたように人によっては親から引き継いだ遺伝子によってガストリノーマができやすくなるので、家族に同じような病気の人がいないかも確認します。
ガストリノーマが怪しいな、となればまずは血液検査。ガストリノーマはガストリンというホルモンが過剰に出てしまうものです。血液の中のガストリンの量を測ります。
ガストリンの量が多く、いよいよ身体のどこかにガストリノーマがありそうとなれば画像検査で確認。
超音波検査・CT・MRIが主な検査となりますが、ガストリノーマができやすい場所である胃腸や膵臓は超音波ではほとんど見えません。
どちらかというと別の理由で超音波検査をしたときに偶然腫瘍が見つかるということが多いのです。
それらしい腫瘍が見つかれば、それがガストリノーマであることを確定させる「確定診断」を行います。生検と言って実際に腫瘍の一部を切り取って顕微鏡でどんなものかを確認。
このとき超音波のついた内視鏡を使って身体の奥の方にある腫瘍を確認して、そこから針を出して一部を切り取ることもあります(EUS-FNA)。
ガストリノーマの治療方法と治療薬について
治療や薬剤には、それぞれ特有の副作用やリスクがあり、それはガストリノーマも同じです。治療方法を決めるには、
- もともとの健康状態や持病
- 治療に何を望むか
- 治療による生活の質への変化
をもとに、メリットとデメリットを考える必要があります。
手術
ガストリノーマを根本的に治療する方法は、手術で腫瘍を取り除くことです。問題となる部分がなくなれば、今の症状や今後の症状も抑えることができます。
実際にどんな手術をするかは腫瘍の位置、大きさ、数、もともとの健康状態や合併症によって決まり、場合によっては手術が出来なかったり、選ばないこともあります。
薬物療法
何らかの理由で手術が難しかったり、手術した後に必要と判断された時(取り残しがありそうだったり再発した場合)に検討されるのは薬物を使った治療です。
以下の薬はガストリノーマによく使われるものですが、実際にどれを使うかは手術同様一人ひとりの状態に合わせて変わります。
薬の効果 | 薬の名前 | 狙い |
---|---|---|
胃酸の分泌を抑える | H2ブロッカー プロトンポンプ阻害薬(PPI) カリウムイオン競合型酸ブロッカー(P-cab) | ガストリノーマによる胃酸過多の状態をコントロール |
あらゆるホルモン分泌を抑える | ソマトスタチンアナログ | ガストリン分泌を抑える、腫瘍の増殖防止 |
腫瘍細胞の増殖を阻害、細胞の破壊 | 抗がん剤 | 腫瘍を小さくする、ガストリンを出す細胞を減らす |
ガストリノーマの治療期間
治療期間もまた治療方法、腫瘍の種類や進行度、個々の体質や反応など多くの要因によって変わるので、ここで示すのは一般的な経過や左右する要因、おおよその目安です。
手術の経過と回復期間
ガストリノーマの確定診断から手術に至るまでも、どんな手術をするか、どんなリスクがあるなどを確認する検査が続きます。
腫瘍の大きさやまわりとの位置関係、患者さんが麻酔や手術に絶えられるかなどといった検査を行い、いざ手術となるまでは緊急事態にならない限り2-3週間です。
いざ入院してから退院するまでは手術の内容に左右され、大きい手術ほど回復に時間がかかります。
また、感染症や出血などの合併症で退院が長引くことも。術後は2〜4週間を見積もることが多いです。
回復には退院後も時間が必要。手術した場所の痛みや傷が治って日常生活を取り戻すまでには1ヶ月以上かかります。
回復期間にかかわる要素は以下のとおりです。
・一般的な健康状態
・合併症
・年齢
・ストレス
・生活習慣(食事、運動、喫煙、飲酒など)
薬物療法による治療期間
手術をしないと根本的なガストリノーマの治療はできません。薬物療法はあくまで症状を軽減するものなので、可能である限り治療期間は無限です。
ただ、抗がん剤に関してはそれぞれ決められた投薬期間と休止期間を繰り返すことになります。
治療のデメリットや薬の副作用
手術
ガストリノーマに限らず、一般的に手術をする場合は出血や感染症、痛みがつきものです。さらに弱ってしまった身体を回復させるのにも時間がかかります。
加えてガストリノーマの場合は食べ物を消化させる場所にできるので、そこを取ることによる特有のトラブル、つまり食べたものを消化して吸収するという機能に問題が起こる可能性が。
胃腸の大きさが変わってしまうことによる物理的問題のほかにも、消化酵素に関わるホルモンバランスが崩れることによる化学的な問題も。
いずれにしても物を食べたときに気持ち悪くなる・吐く・血糖値が大きく変動する・下痢・栄養吸収ができなくなるといった問題で現れます。
薬物療法
どんな薬物にも言える副作用として、薬に対する身体のアレルギー反応(薬疹や薬剤性肝炎など)があります。
加えてガストリノーマの対処療法の場合は、胃酸の分泌を抑える狙いの薬を使うものです。
一般的によく使われる胃薬の場合は大きな副作用はないと言われるものの、誤嚥性肺炎や腸炎なども可能性が指摘されています。
そしてソマトスタチンアナログの場合はホルモンを変動させるので、消化不良、腹痛、下痢、血糖値の変動が起こる可能性も。
抗がん剤の副作用は有名なとおりさまざまで、どの抗がん剤を使うかによって変わります。
保険適用について
現在、ガストリノーマの検査や治療は全て保険適応内で行われます。上記のような血液検査・内視鏡検査や生検も手術も薬物療法も全て保険適応内です。
ただし入院するときは個室代などの保険適応外のお金がかかる可能性があるので入院時にご確認を。
保険適応外(自由診療)での検査・治療は現在のところ全て有効性がなく、行わないことを勧めます。
参考文献
1) Norton, J. A., Foster, D. S., Ito, T., & Jensen, R. T. (2018). Gastrinomas: medical or surgical treatment. Endocrinology and Metabolism Clinics, 47(3), 577-601.
2) Imamura, M., Komoto, I., Ota, S., Hiratsuka, T., Kosugi, S., Doi, R., … & Inoue, N. (2011). Biochemically curative surgery for gastrinoma in multiple endocrine neoplasia type 1 patients. World Journal of Gastroenterology: WJG, 17(10), 1343.
3) Lopez, C. L., Falconi, M., Waldmann, J., Boninsegna, L., Fendrich, V., Goretzki, P. K., … & Bartsch, D. K. (2013). Partial pancreaticoduodenectomy can provide cure for duodenal gastrinoma associated with multiple endocrine neoplasia type 1. Annals of Surgery, 257(2), 308-314
4)Bartsch, D. K., Waldmann, J., Fendrich, V., Boninsegna, L., Lopez, C. L., Partelli, S., & Falconi, M. (2012). Impact of lymphadenectomy on survival after surgery for sporadic gastrinoma. Journal of British Surgery, 99(9), 1234-1240.