インスリンは知ってるけど、インスリノーマは知らない。そういう人がほとんどでしょう。
インスリノーマは、インスリンという血糖値を下げるホルモンを出す細胞でできた「できもの」腫瘍のこと。珍しい病気ですから聞いたことがなくて当たり前です。
しかし血糖は生命を維持するために必要なエネルギー、インスリノーマがあると血糖値がどんどん下がってしまいます。
するとさまざまな低血糖症状が出てしまい、日常生活に支障が出ることに。低血糖の症状は多岐にわたるので、診断に至るまではなかなか大変です。
ここでは、インスリノーマの症状から検査・治療までの一連を説明します。頭に入れておくといつかあなたや周りの方を救えるかもしれません。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
インスリノーマの病型
大きく分けると4つの種類に分かれます。
まずは、良性か悪性(がん)かで、9割方良性ですが、悪性だとしたらもっと大変です。さらにそれぞれ1つしかないかたくさんあるかに別れます。
図にしてみましょう。
良性 | 単発 多発 |
悪性 | 単発 多発 |
インスリノーマの症状
インスリノーマの症状は、ずばり血糖値を下げるホルモン「インスリン」がたくさん出ることによる低血糖症状です。
人の身体は血の中に含まれるブドウ糖と言う名のエネルギーによって動き、特に脳みそはブドウ糖がないと働きません。
身体はなんとかぶどう糖を維持しようと必死に血糖値を上げようとしてほかのホルモンや神経を使い、その効果によって低血糖による症状が出るわけです。
症状はこれから列挙するものの、どれもあまりにも一般的すぎてこれだけで低血糖かを考えるにはちょっと乱暴。
しかし低血糖による症状の場合は、食事や糖分を身体に入れることで症状が改善されます。シチュエーションも特徴的。
インスリンは食事をして血糖値が上がった時に出るホルモンなので、食後数時間以内に症状が出ることが多いです。
また、身体がブドウ糖を必要とする場面(例えばストレスや運動など)に血糖値が下がってしまったときも同様の症状が出ます。
軽い低血糖の症状
軽度の低血糖による症状は以下のとおりです。
- 頭痛
- 発汗
- 手の震え
- めまい、ふらつき
- 疲労感
- 集中力の低下、ぼーっとする
- 不安、いらいら
普通の人も低血糖状態になると同じような症状が出るものの、頻繁に起こる場合は注意が必要となります。
重度低血糖の症状
あまりにも血糖値が低くなると、脳のエネルギーが枯渇してしまいます。脳が働かなくなるといよいよ生命の危機。
- 精神錯乱
- 意識がなくなる
- 低体温
- 不整脈
これらは緊急事態のため、インスリノーマの有無にかかわらず低血糖の診断・治療を急ぐ必要があります。
低血糖の長期的な影響
常に身体が低血糖状態になっていると、今まで挙げたような症状も常に出ることに。
- 学習能力や記憶力の低下
- 注意・判断力の低下
- 突然怒る、混乱するなどの性格の変化
- 甘いものがほしくなる
これらの状態が続くと、日常生活に影響が出てしまいます。
インスリノーマの原因
まれな病気、インスリノーマ。どうしてできてしまうのか分かっていないものの、一部の人にできやすいことは分かっています。
特定の遺伝子に関する病気
原因として一番大きいものは遺伝子です。
インスリノーマだけでなくほかにもホルモンを出してしまう腫瘍(内分泌腫瘍)が存在するのですが、血の繋がった家族にそれらの病気がある場合、インスリノーマもできやすいとされます。
特に有名な遺伝子の病気が「多発性内分泌腫瘍症1型」(MEN1)です。遺伝子の異常で内分泌腫瘍があちこちにできてしまう病気で、インスリノーマも然り。
そういうわけで、家族にインスリノーマほか内分泌腫瘍を持つ人がいる場合はリスクが高いのです。またvon Hippel-Lindau病(VHL)もインスリノーマを含めたいろいろな腫瘍の発生リスクが高まります
ホルモンの影響
ホルモンを出す腫瘍ができるインスリノーマ。その発症には体内のホルモンバランスの変化も関与する可能性があるという説もあります。
いくつかのホルモンが過剰に分泌されたり足りないと膵臓のインスリンを生み出す細胞にも影響がでるという流れです。
環境や生活習慣
インスリノーマにかかわらず、あらゆる腫瘍は、
- 特定の化学物質への長期間の曝露
- 慢性的なストレス
- 栄養バランスの乱れ
といった環境や生活習慣の影響を受けることが知られています。
腫瘍の成り立ち
インスリノーマは、膵臓にあるインスリンを生産する細胞「β細胞」が異常に増殖したものです。そしてインスリノーマだけでなく、あらゆる腫瘍ができる流れはわかっています。
- DNAの損傷:細胞が持つ遺伝子情報(DNA)が傷つき、細胞の増殖や自然淘汰(アポトーシス)に異常が出ます。
- 遺伝子変異の蓄積:DNAの損傷が重なることで遺伝子変異が蓄積し、細胞の異常な増殖を引き起こします。
- 腫瘍抑制遺伝子の異常:細胞が異常に増えることを抑える遺伝子(腫瘍抑制遺伝子)に異常が起こると、細胞の増殖はどんどん進みます。
これらの流れによって良性・悪性問わずインスリノーマをはじめとした腫瘍ができます。
インスリノーマの検査・チェック方法
インスリノーマの診断は、疑うことから始まります。なんせこれらの症状は、どれもありふれたものです。
低血糖かな?と思ったらまずは血糖値を測り、低血糖のときにその原因を考えるという流れになります。
まずは血中のインスリンやCペプチド(インスリンが作られる際に出る残りかす)の値を調べ、インスリンがたくさん出ていることから低血糖が起こるものかを確認。
インスリンがたくさん出て低血糖になる病気はほかにもあるので、ここですぐに珍しい病気であるインスリノーマを疑うわけではありません。
先ほどお話ししたインスリノーマに特徴的な低血糖の出方や血縁者の病気を確認して、「それらしさ」を高めます。
さらに行うのは低血糖のときにインスリンがどれくらい身体の中にあるかを確認する血液検査です。普通なら低血糖状態ではインスリンは出ません。
低血糖状態にもかかわらずインスリンが出ていると、インスリノーマを疑います。
これらの検査で疑わしいなと思ったときは、CTやMRI、EUS(超音波付き内視鏡)で腫瘍の見た目を確認。
最終的には超音波内視鏡から針を出して腫瘍の一部を切り取って顕微鏡で見る(EUS-FNAによる生検)ことでインスリノーマの診断となります。
確定診断となったら、最後にインスリノーマの状態の確認。インスリノーマの大きさ・位置・個数を確認して治療方針を決めます。
インスリノーマの治療方法
インスリノーマが見つかった場合は、手術で腫瘍を取り除くことが根本的な治療方法です。物理的にインスリンが過剰に出ることを止めるということ。
これにより症状を完全に抑えることができます。場所の問題でどうしても手術ができない場合は、腫瘍が増えるのを抑える薬を使い腫瘍が死ぬのを待つことに(いわゆる癌の治療法のひとつ)。
さらに行われるのは症状を抑えるとりあえずの対処です。インスリンは血糖値が上がると出るもの。そして急激にインスリンが出ると低血糖の症状が強くでます。
いきなり血糖値が上がらないように、食べ方を工夫したり薬を使ったりして、少しでもインスリンが急激に出ないようにするのが対処法です。
ただし、あくまでこれはとりあえずの対処法であって、インスリノーマそのものを治療することにはなりません。
インスリノーマの治療期間
手術以外に関しての治療期間は限りないので、基本的な治療方法である手術の治療期間について記載します。
手術前の準備期間
どうしてもすぐ行わなくてはならない緊急手術は例外として、予定された手術の場合は術前に手術をどうするか、患者さんの身体や腫瘍の状態を確認する準備期間が必要です。
- 手術に耐えられるかどうか全身の健康状態確認
- 全身麻酔に耐えられるかどうかの確認(心臓や肺など)
- 手術を行うことによるリスクの確認
- 手術方法を決めるための腫瘍の画像評価(大きさや位置など)
これらは一般的に(特に手術方法を決めるための画像評価に)数週間程度かかります。
手術と入院期間
個人差があるので、おおまかな期間を記します。
段階 | 期間 | 行うこと |
---|---|---|
手術時間 | 数時間 | お腹を開けて腫瘍を取る |
入院期間 | 数日~数週間 | 手術後の回復や経過観察 |
退院後の通院期間 | 数か月 | 診察、検査、身体の状態確認 |
治療期間の個人差は以下の要素で変わります。
- 腫瘍の大きさや数、位置による手術の複雑さ
- 患者さんの年齢や体質
- もともとの健康状態や合併症
- 手術後の回復力や合併症の有無
- 手術や再発による新たな健康問題
特に個人差があるものが退院後の通院期間で、インスリノーマの手術後も長期的なフォローアップが必要です。
- 血糖値のモニタリング
- 残された膵臓の機能確認
- 生活習慣の確認
- 必要に応じた追加治療の検討
が行われ、場合によっては生涯通院し続ける可能性もあります。
治療のデメリットや薬の副作用
どんな治療法も必ず薬の副作用をはじめとしたデメリットが伴います。
手術のデメリット
インスリノーマは膵臓に存在するので、膵臓を切り取る手術が必要で、デメリットは以下のとおりです。
起こり得ること | 内容 |
---|---|
術後の合併症 | 出血、感染、膵炎、膵液漏(膵臓の液が外に漏れる) |
手術による身体の負担 | 手術から回復するまでの時間や、体力の衰え |
再発の可能性 | 完全に腫瘍が取り切れない場合の症状の再発 |
デメリットは手術方法や医療施設、もともとの健康状態によって異なります。
生活習慣改善のデメリット
インスリノーマにかかわらず生活習慣を改善することにも当然デメリットがあります。
といっても、今まで食べていたものを制限したり、運動したりということにストレスを感じるというごく一般的な内容です。
薬を使うことのデメリット
どんな薬を使う時にも言えるデメリットがあり、一番大きいものは副作用です。薬を使うということは期待する効果とともに、期待しない身体への影響も現れるということ。
これを副作用と言います。また、薬を使う行為そのものに金銭的・時間的・精神的なストレスが起こるというデメリットも。
保険適用について
インスリノーマに関する一連の医療行為は全て保険適応となります。ただ、入院するにあたっては施設ごとの別途料金(個室代など)がかかることも。
インスリノーマに関して、有効とされる保険適用外の治療はありません。有効と思われる検査や効くかもしれないとされる薬・治療法は全て保険適応内です。
費用について
治療内容によって費用は全く異なるため、いくらくらいになるかは個々の施設に相談してください。高額医療制度の適応になることも多く、がんなどの民間医療保険が使えることもあります。
所属する職場の福利厚生や入っている保険組合からの補助もあるかもしれないので、それぞれ確認するのが望ましいです。
制度に関することは、治療を受ける病院で相談できる人(ソーシャルワーカー)がいますのでお尋ねください。
参考文献
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