ゼップバウンドと甲状腺疾患のリスク|事前の検査が重要となる理由

ゼップバウンドと甲状腺疾患のリスク|事前の検査が重要となる理由

ゼップバウンド(チルゼパチド)の使用を検討するとき、多くの方が気になるのが甲状腺への影響でしょう。動物実験では甲状腺C細胞の腫瘍が確認されており、FDAは枠囲み警告を設けています。

ただし、ヒトでの臨床試験では甲状腺がんの発症率増加は報告されていません。だからこそ、投与前に甲状腺の状態を正しく把握しておくことが、安心して治療を続けるための第一歩になります。

この記事では、処方前に受けるべき検査の種類や、甲状腺疾患をお持ちの方が注意すべき点、服用中の観察ポイントまで、肥満症治療の現場で蓄積された知見をもとにわかりやすくお伝えします。

目次 Outline

ゼップバウンドを始める前に甲状腺の検査が欠かせない理由

ゼップバウンドの処方にあたっては、甲状腺の状態を事前に確認することが安全な治療の土台となります。FDAが添付文書に枠囲み警告を記載しているのは、動物実験の結果に基づく予防的措置です。

FDAの枠囲み警告はなぜ出されたのか

ゼップバウンドの有効成分であるチルゼパチドは、ラットを用いた2年間の発がん性試験において、甲状腺のC細胞(傍濾胞細胞)に腺腫や悪性腫瘍を引き起こしました。投与量が増えるほど、また投与期間が長くなるほど腫瘍の発生率が高まったため、FDAはこの薬剤に対して枠囲み警告という厳しい注意喚起を行っています。

動物実験の結果がヒトにそのまま当てはまるわけではない

ラットの甲状腺C細胞にはGLP-1受容体(グルカゴン様ペプチド-1受容体)が多く発現していますが、ヒトのC細胞ではその発現量がかなり少ないとされています。そのため、動物で見られた腫瘍形成がそのまま人間に起きるかは不明です。

5,000人以上が参加したSURMOUNT臨床試験プログラムでは、最大72週間の追跡期間中に甲状腺髄様がん(MTC)の確定症例は報告されませんでした。北欧3か国の大規模コホート研究でも、GLP-1受容体作動薬の使用と甲状腺がんリスクの上昇との間に明確な関連は認められていません。

ゼップバウンドと甲状腺C細胞に関する動物実験とヒトの臨床データ

項目動物実験(ラット)ヒト臨床試験
C細胞腫瘍の発生用量依存的に増加確定症例の報告なし
GLP-1受容体の発現量高い低い
追跡期間2年間最大72週間

事前検査を受けておくと安心できる

ヒトでのリスクは現時点では確認されていないものの、甲状腺に関する既往歴や家族歴をお持ちの方にとっては、開始前の検査が大きな安心材料になるでしょう。万が一の異常を早い段階で見つけるためにも、血液検査やエコー検査は有効な手段といえます。

ゼップバウンド(チルゼパチド)は甲状腺にどんな影響を及ぼすのか

チルゼパチドはGIP受容体とGLP-1受容体の両方に作用するデュアルアゴニストであり、食欲抑制や血糖値改善に高い効果を発揮します。一方、GLP-1受容体を介した甲状腺への影響が動物で報告されているため、その仕組みを正しく理解しておくことが大切です。

GLP-1受容体を介したC細胞への刺激とカルシトニン分泌

GLP-1受容体作動薬は、甲状腺のC細胞に存在するGLP-1受容体を持続的に刺激することで、カルシトニンというホルモンの分泌を促進します。ラットではこの持続刺激がC細胞の過形成を引き起こし、やがて腫瘍形成へとつながりました。

ヒトの甲状腺C細胞にはGLP-1受容体がほとんど存在しないことが複数の研究で示されており、げっ歯類と同じ反応が起こる可能性は低いと多くの専門家が指摘しています。

チルゼパチドの臨床試験で見られたカルシトニン値の変化

SURPASS試験およびSURMOUNT試験では、チルゼパチドの高用量群(10mg・15mg)でプラセボと比較してカルシトニン値のわずかな上昇が確認されました。ただし、この上昇は臨床的に意味のある範囲を超えておらず、甲状腺髄様がんの診断基準とされる50ng/Lをはるかに下回る水準でした。

チルゼパチドによる薬剤誘発性甲状腺炎の報告

2025年に報告された症例では、32歳の女性がチルゼパチド投与開始から2か月後に無痛性の甲状腺炎を発症しました。一過性の甲状腺中毒症ののち甲状腺機能低下を経て、投薬中止後2か月で甲状腺機能は正常に回復しています。

このような症例はまだ少数であり、因果関係が確立されたわけではありません。とはいえ、服用中に倦怠感や体重変動といった甲状腺機能異常を疑う症状が現れた場合は、速やかに医師に相談してください。

GLP-1受容体作動薬と甲状腺への影響をまとめた比較

評価軸動物モデルヒトでの知見
C細胞過形成確認済み確認されていない
カルシトニン上昇顕著軽微で臨床的意義なし
甲状腺炎の報告データなし少数の症例報告あり

甲状腺髄様がんの家族歴がある方はゼップバウンドの投与を受けられない

ゼップバウンドには明確な禁忌事項があります。甲状腺髄様がん(MTC)の個人歴または家族歴をお持ちの方、そして多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)と診断されている方には投与できません。

甲状腺髄様がん(MTC)とはどのような病気か

甲状腺髄様がんは、甲状腺のC細胞(カルシトニンを分泌する細胞)から発生するがんです。全甲状腺がんの約3〜4%を占める希少ながんで、約25%は遺伝性とされ、MEN2症候群に伴って発症するケースがあります。

MEN2症候群の方は特にリスクが高い

MEN2は、甲状腺髄様がんのほかに褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症を合併する遺伝性疾患です。GLP-1受容体を刺激する薬剤がC細胞に影響を与える可能性が否定できないため、MEN2の方へのゼップバウンド投与は禁忌とされています。

ゼップバウンドが禁忌となる甲状腺関連の条件

  • 本人に甲状腺髄様がん(MTC)の既往がある場合
  • 家族に甲状腺髄様がん(MTC)の既往がある場合
  • 多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)と診断されている場合

禁忌に該当しないか確認する方法

ご自身やご家族に甲状腺がんの既往があるかわからない場合は、まず担当医に相談してください。甲状腺がんの種類によってはゼップバウンドの使用が可能な場合もあります。乳頭がんや濾胞がんなど、C細胞由来ではない甲状腺がんの既往は禁忌には含まれません。

ゼップバウンドの処方前に受けておくべき甲状腺の血液検査と画像検査

投与前のスクリーニングとして、血液検査と必要に応じた画像検査を実施することで、甲状腺の現在の状態を把握し、治療開始後の変化を比較できるようになります。

TSH(甲状腺刺激ホルモン)と甲状腺ホルモン値の測定

甲状腺機能を評価する基本的な検査がTSHの測定です。TSH値が正常範囲であれば甲状腺機能はおおむね安定していると判断できますが、異常値の場合はFT3(遊離トリヨードサイロニン)やFT4(遊離サイロキシン)の追加測定を行い、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症の有無を精査します。

カルシトニン値の測定はすべての方に推奨されるわけではない

カルシトニンは甲状腺髄様がんの腫瘍マーカーとして知られていますが、FDAの添付文書ではルーチンでのカルシトニン測定は推奨されていません。測定の特異度が低く、偽陽性による不要な追加検査のリスクがあるためです。

ただし、家族歴や臨床症状からMTCが疑われる場合には、医師の判断でカルシトニン値を測定することがあります。50ng/Lを大きく超える値が出た場合は、精密検査へ進むのが一般的です。

甲状腺エコー検査(超音波検査)の活用

甲状腺エコー検査は、結節(しこり)の有無や大きさ、性状を評価するのに適した非侵襲的な検査です。ゼップバウンドの投与前にベースラインのエコー画像を取得しておくと、万が一のときに投与前後の比較が容易になります。

ゼップバウンド処方前に検討される主な甲状腺検査

検査名目的全例に推奨か
TSH甲状腺機能の全般的評価はい
FT3・FT4機能亢進・低下の精査TSH異常時
カルシトニンMTCのスクリーニング家族歴がある場合
甲状腺エコー結節や形態異常の確認医師の判断による

甲状腺の持病がある方がゼップバウンドを安全に続けるために守りたいルール

橋本病やバセドウ病といった甲状腺疾患を治療中の方でも、甲状腺髄様がんやMEN2に該当しなければ、医師の管理のもとでゼップバウンドを使用できる場合があります。安全に治療を続けるためのポイントを押さえておきましょう。

橋本病(慢性甲状腺炎)の方はホルモン値のモニタリングを続ける

橋本病でレボチロキシンを服用中の方がゼップバウンドを併用する場合、消化管の運動が変わることでレボチロキシンの吸収に影響が出る可能性があります。投与開始後4〜8週間を目安にTSH値を再検査し、必要に応じてレボチロキシンの用量を調整してもらいましょう。

バセドウ病の方は甲状腺機能が安定してから開始する

バセドウ病で甲状腺機能が不安定な状態にある方は、まず甲状腺機能をコントロールしてからゼップバウンドの導入を検討してください。甲状腺機能亢進が未治療のまま体重管理を始めると、心臓への負担やエネルギー代謝の乱れが重なり、体調を崩すリスクが高まります。

甲状腺疾患別のゼップバウンド使用時の注意点

疾患名使用の可否注意事項
橋本病条件付きで可レボチロキシンの吸収変化に注意
バセドウ病安定後に検討甲状腺機能の安定を優先する
甲状腺髄様がん既往禁忌投与は認められない
甲状腺乳頭がん既往条件付きで可担当医と相談のうえ判断する

定期的な甲状腺機能検査で変化を見逃さない

甲状腺疾患の既往がある方は、ゼップバウンドの投与中も3〜6か月ごとに甲状腺機能検査を受けることをお勧めします。体重減少に伴い甲状腺ホルモンの代謝バランスが変化することがあるため、数値の推移を確認しながら治療方針を柔軟に見直していくことが大切です。

ゼップバウンド服用中に見逃してはいけない甲状腺の異常サイン

ゼップバウンドの服用を開始した後は、甲状腺の異常を示す可能性のある症状に注意を払ってください。早い段階で気づくことが、迅速な対応につながります。

首のしこりや飲み込みにくさは放置しない

甲状腺に腫瘍や結節ができた場合、首の前面にしこりを感じたり、食べ物が飲み込みにくくなったりすることがあります。息苦しさや声の持続的なかすれも、甲状腺の異常を示すサインになりえます。

これらの症状はゼップバウンドの服用とは無関係に生じる場合もありますが、服用中に新たに出現したものであれば、早めに耳鼻咽喉科や内分泌内科を受診してください。

体重変動や倦怠感にも甲状腺の問題が潜んでいるかもしれない

ゼップバウンドによる体重減少とは別に、急激な体重増加やむくみ、強い倦怠感が現れた場合は、甲状腺機能低下の可能性を疑う必要があるかもしれません。反対に、動悸や手の震え、異常な発汗がある場合は甲状腺機能亢進を考えます。

受診を検討すべきタイミングの目安

服用開始から数週間以内に上記のような症状が出た場合は、次の定期受診を待たずに医師に連絡しましょう。甲状腺機能の変動は血液検査で簡単に確認でき、早期発見と対処で大きなトラブルを防げます。

ゼップバウンド服用中に注意したい症状と対応

  • 首の前面のしこりや腫れ → 速やかに受診
  • 飲み込みにくさ・息苦しさ・声のかすれ → 速やかに受診
  • 原因不明の強い倦怠感・むくみ → TSH検査を依頼
  • 動悸・手の震え・異常な発汗 → TSH検査を依頼

レボチロキシンとゼップバウンドの併用で気をつけたい吸収への影響

レボチロキシン(甲状腺ホルモン補充薬)を服用中の方がゼップバウンドを併用する場合、レボチロキシンの吸収に変化が生じる可能性があり、TSH値の定期的なモニタリングが必要です。

ゼップバウンドは胃排出を遅らせるため薬の吸収に影響しうる

ゼップバウンドには胃の内容物の排出を遅くする作用があり、その結果、同時に服用する経口薬の吸収速度や吸収量が変わる場合があります。レボチロキシンは空腹時に服用することで安定した吸収が得られる薬剤のため、胃排出の遅延が血中濃度に影響を与える可能性があります。

レボチロキシンとゼップバウンドの併用に関する臨床所見

観察項目報告された結果
TSH値の変化65%の患者で低下傾向
TSH抑制(正常範囲以下)29%の患者で確認
確認までの期間4〜8週間(中央値47日)

服用タイミングの工夫で吸収への影響を最小限にする

レボチロキシンは起床後すぐの空腹時に服用し、その後30〜60分は飲食を避けるのが一般的です。ゼップバウンドの注射は週1回のため、レボチロキシンの毎日の服用タイミングとの直接的な競合は起きにくいですが、胃の運動が全体的に緩やかになる期間は注意が必要でしょう。

投与開始後は早めのTSH再検査が望ましい

ある後ろ向き研究では、レボチロキシンを安定量で内服中の患者17名にチルゼパチドを投与したところ、65%でTSH値が低下し、29%で正常範囲を下回るレベルまで抑制されました。医原性の甲状腺機能亢進を避けるため、ゼップバウンド開始後4〜8週間を目安にTSH値を再測定し、必要ならレボチロキシンの減量を検討することが推奨されます。

よくある質問

ゼップバウンドを使うと甲状腺がんになるリスクは上がりますか?

ラットを用いた動物実験では甲状腺C細胞の腫瘍が確認されていますが、ヒトの臨床試験では甲状腺がんの発症率が増加したという報告はありません。5,000人以上が参加したSURMOUNT臨床試験や、北欧3か国の大規模なコホート研究でも、GLP-1受容体作動薬と甲状腺がんリスクの間に明確な関連は認められていません。

ただし、長期的なデータはまだ十分ではないため、甲状腺に関する既往歴や家族歴がある方は、担当医にその情報を伝えたうえで使用の可否を判断してもらうようにしてください。

ゼップバウンドの処方前にはどのような甲状腺検査を受ける必要がありますか?

一般的にはTSH(甲状腺刺激ホルモン)の血液検査が基本となります。TSH値に異常がある場合には、FT3やFT4といった甲状腺ホルモンの追加測定を行い、機能亢進や機能低下の有無を調べます。

甲状腺髄様がんの家族歴がある方にはカルシトニン値の測定が検討される場合もありますが、FDAはすべての方に対するルーチンのカルシトニン測定は推奨していません。検査の内容は個々のリスクに応じて担当医が判断します。

ゼップバウンドは橋本病の治療中でも使えますか?

甲状腺髄様がんやMEN2でなければ、橋本病の方でも医師の管理のもとで使用できる可能性があります。ただし、ゼップバウンドには胃排出を遅らせる作用があるため、レボチロキシンの吸収に影響が生じることがあるかもしれません。

投与開始後4〜8週間を目安にTSH値を再検査し、必要に応じてレボチロキシンの用量を調整してもらうのが望ましいでしょう。自己判断で薬の量を変えることは避けてください。

ゼップバウンドの服用中に甲状腺の異常を示す症状にはどのようなものがありますか?

首の前面にしこりや腫れを感じる、食べ物が飲み込みにくい、息苦しさがある、声が持続的にかすれるといった症状は、甲状腺の異常を示す可能性があります。原因不明の強い倦怠感やむくみは甲状腺機能低下のサインかもしれません。

反対に、動悸や手の震え、異常な発汗が現れた場合は甲状腺機能亢進が疑われます。こうした症状がゼップバウンドの服用中に新たに出現したら、次の定期受診を待たずに医療機関へ相談してください。

ゼップバウンドとレボチロキシンは同時に服用しても問題ありませんか?

ゼップバウンドは週1回の皮下注射であり、レボチロキシンは毎日の経口薬ですので、投与経路や頻度は異なります。直接的な薬物相互作用は報告されていませんが、ゼップバウンドの胃排出遅延作用がレボチロキシンの吸収に影響を及ぼす可能性があります。

レボチロキシンは起床後すぐの空腹時に服用し、その後30〜60分は飲食を控えるという基本的なルールを守ることが大切です。併用開始後はTSH値のモニタリングを通常より早い段階で実施してもらうようにしましょう。

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この記事を書いた人 Wrote this article

大木 沙織 大木皮ふ科クリニック 副院長

皮膚科医/内科専門医/公認心理師 略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。 所属:日本内科学会