男性型脱毛症、AGA。その正体は、男性らしくあれと命じるホルモンが、頭皮の脱毛こそが男性たるものと思い込んでいるから。男性ホルモンの暴走を止めて、頭皮から髪の毛を取り戻そう。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
髪の毛の寿命が短い、それがAGAの宿命
最近どうも父親のことが気になる…髪型が。
我が家は典型的なハゲ家系。おじいちゃんの頭はスッカスカだったし、親父はM字ハゲ。
自分もそんな運命かと思いつつ、最近気になる子ができてからすごく気になるようになってきた。
母方の叔父さんはフサフサなのに、何が違うんだろう。
そもそも、なんでみんな同じようにM字ハゲになるんだろう。
AGA(男性型脱毛症)とは~髪の毛の短命家系~
脱毛にはいろいろな原因と、それに応じた毛の状態があります。
その中でもAGAは、髪の毛の寿命が極端に短くなっているために起こる脱毛。
具体的には普通の方の髪の毛ですと約4年前後の寿命が、わずか半年程度…つまり1/8になっているのです。
人間で例えると、平均寿命が80歳のところが10歳で天寿を全うしてしまうということになります。10歳というと、まだ育ちざかりのお子さんですよね。
まだ未熟なうちに毛が抜け落ちてしまう、これがAGAの特徴になります。
人間と違うところは、お母さん(その名も毛母細胞)がどんどん毛を生むこと。
ですので、未熟な毛が抜け落ちてもすぐに新しい毛が生えてきます。
しかし、新しく生えた毛も未熟なうちに抜け落ちてしまう。
こうして、未熟な弱々しい毛が生えては抜けてを繰り返し脱毛という形で現れるのです。
この現象は20代後半から30代にかけて多く見られます。意外と若いと感じる方もいらっしゃると思いますが、初期症状はその時期からすでに出現している方が多いのです。
その症状が現れる方の数は成人男性の約3割、実に1200万人近くと考えられており、2人に1人程度起こっています。
花粉症に次いで国内で2番目に患う方が多いのですが、白人ですとその割合はもっと多く、日本人が特別薄毛になりやすいわけではありません。
見た目で診断~あなたの脱毛はAGA?~
AGAをお持ちの方の外見上の特徴(症状)は以下の3パターンとなります。
- 頭のてっぺん(頭頂部)のつむじを中心にO字型に薄くなる
- 額の生え際がM字型に後退する
- 上記のOとMが同時に薄くなる
このような特徴的な見た目となるため、医療機関を受診しなくても自分がAGAかどうかはわかるかもしれません。実際にAGA専門病院や皮膚科の専門医も、3つのパターンかどうかでAGAを診断しています。
(アメリカではA字型という分類もあります)
これ以外の薄毛や脱毛はAGAではなく別の原因を考えます。
- 栄養のバランスが偏より髪の毛を作る材料が足りない(過度なダイエットや偏食による栄養不足など)
- 頭皮に炎症があって毛を生む力が弱っている(脂漏性脱毛症など)
- ホルモンバランスが乱れている(橋本病をはじめとした甲状腺機能低下症など)
- 自分の免疫が自分の身体を攻撃して(自己免疫疾患)脱毛がおこっている(全身性エリテマトーデスをはじめとした膠原病、円形脱毛症など)
- 自分で毛を抜いている(抜毛症)
といったものが挙げられます。
脱毛の検査とは~診断のさらに先を~
AGA専門病院といった医療機関を受診すると、血液検査をされることがあります。
この血液検査はAGAかどうかを判定するものではなく
- ほかの原因がないか調べる
- 薬を使っていいか調べる(肝臓の機能や血糖値など)
といった目的で、AGAかどうかを血液で判定する技術はまだ存在しません。
これはAGAの治療薬に限らずどの薬やサプリにも言える話ですが、AGA治療薬の中心である「フィナステリド」や「デュタステリド」といった飲み薬は肝臓に負担をかけることがあります。
肝臓は薬やアルコールといったさまざまな物質を加工する工場です。相性が悪いと肝臓が疲れてしまいます。そのため肝臓の数値が悪いと飲み薬での治療はできないことが。
ヘアサイクル(毛周期)~母と子の成長日記~
今日も通勤通勤。
電車の広告はどれも毛を抜けだの毛を生やせだの、毛のことばっか。
自分も頭の毛は生やしたいし、ひげは生えてほしくないし、難しいなあ。
毛って、どうして生えてきたり、生えてこなくなったりするのだろう。
ヘアサイクルの仕組み~AGAのはここが問題~
皆さんはヘアサイクル(毛周期)という言葉を聞いたことがありますか?
脱毛を検討したことのある方は、一度は聞いたことがあるかもしれません。
毛のお母さん(毛母細胞)は何度も毛を作っては休み、作っては休みを繰り返します。
それに合わせて毛も成長して休み、抜け落ちたらまた成長し‥ということを繰り返し。
これがヘアサイクルです。
AGAの方は、このヘアサイクルの中でも毛が太く成長する期間(成長期)がとても短くなってしまい、逆に成長しないお休み期間(休止期)が長くなってしまっています。
普通の髪の毛は平均4年の寿命がのうち、成長期が3年半以上。しかしAGAの方の髪の毛ですと、成長期が1-2か月で終わってしまいます。つまり、髪の毛が成長して太くなる前に抜けてしまうのです。
発毛と育毛~産み方より育て方~
このようなわけで、AGAの方は髪の毛の寿命が短くすぐ抜け落ちてしまうのですが、毛を生む力は問題ありませんので、すぐ産毛が。
ですので、AGAによる薄毛の方も、毛がとても濃い方も、髪の毛は同じ本数(約10万本)生えています。
弱々しいながらも毛が生えているか、そもそもお母さんに産む力がないがないかを区別するには、触ったり拡大鏡で見たりして、頭皮の毛穴を確認。
AGAの人からは、眼では見えなくてもしっかり産毛が生えていることが確認できます。
ですので、AGA治療は髪の毛を生やす(発毛)ではなく、細く弱い髪の毛を太く強く育てる(育毛)となり、問題なのはあくまで産み方ではなく、育て方なのです。
逆に、産む力がないと大変。無から有を生み出すことは、すでにある毛を丈夫に育てるよりもはるかに大変なこと。
産む力がない理由にもよりますが、その多くの理由は身体そのものがなんらかの病気を患っているせいです。その病気を治さないことには産む力も復活せず、毛は生えてきません。
最悪なパターンとして、お母さんが死んでしまってはなにをしても毛は生えません(これを利用してお母さんを攻撃するのが光やレーザーによる脱毛です)。
ですから、発毛というのは気軽にできるものではありません。病気を治したり、お母さんをよそから連れてきたり(移植)しない限り、発毛効果は期待できません。
つまり、全て本格的な医療行為となります。
それ以外の「発毛」はどれも本来の意味ではありませんし、治療の内容や期待できる効果も育毛と変わらないのです。
AGAの正体、それは男性ホルモンの仕業
そういえば十円ハゲと違って、M字やつむじハゲって女の人にはいないよなあ。
男性型脱毛症っていうからには当たり前なんだけど、どうして男性だけなのだろう。
しかも、男性といっても女っぽい人や「男の娘」にはないよなあ。
逆に、気のせいかもしれないけど、いろんな意味でゴリゴリマッチョな人に多い気がする…
AGAの「AG」は男性ホルモン~男性ホルモンの脱毛症~
そもそものAGAは英語名「Andorogenetic Alopecia」の略です。
アンドロゲンという言葉を聞いたことがありますか?ニキビや前立腺にも関わるので、聞いたことがある方も多いかもしれません。
身体を男性らしくする、いわゆる「男性ホルモン」のことをアンドロゲンと言います。つまり、AGAを直訳すると「男性ホルモンによる脱毛症」です。
アンドロゲン一族の問題児、ジヒドロテストステロン
アンドロゲン(男性ホルモン)とは、ヒトを男性らしくするホルモンの総称です。
その中にはいくつかのホルモンがあるのですが、代表的なものに「テストステロン」があります。いわば、アンドロゲン一族の長男坊とでも言いましょうか。
その「テストステロン」に「あること」をすると、「ジヒドロテストステロン」(DHT)というホルモンに変化します。
そしてジヒドロテストステロンこそが、頭の額とつむじ(前頭部と頭頂部)の毛母細胞(髪の毛のお母さん)を攻撃している問題児。
つまり、AGAの原因はジヒドロテストステロンが生まれることが問題であり、ジヒドロテストステロンになってしまうテストステロンの問題でもあるのです。
ゴリゴリマッチョのクリエイター、ジヒドロテストステロン
ヒトを男性らしくするとはどういうことでしょうか。ゴリゴリマッチョな男性でイメージすることは、ゴリゴリの闘争心、ムキムキの筋肉、モサモサの体毛(胸毛やすね毛など)、ビンビンの男性機能…
これらは全て男性ホルモンがヒトに起こさせている変化です。
アスリート業界では「ステロイドドーピング」という言葉を聞くと思いますが、ここでいう「ドーピング用ステロイド」とは、まさにこの男性ホルモンのことを意味します。
(ややこしい話ですが、薬として使われるステロイドとは同じ「ステロイド一族」なのです。いわば、苗字ですね。)
男性ホルモンの中でもジヒドロテストステロン(DHT)は筋肉や男性性器、精子を作る作用が大きく、まさにゴリゴリマッチョのクリエイターと言えます。
逆にこのDHTが少ない男性は、より女らしくなるということになります。
そしてDHT的には、「男らしいとはこういうことだ!」とばかりに、つむじと額の毛母細胞「だけ」を攻撃するのです。
こうして、男性ホルモンによる脱毛「AGA」が起こります。
テストステロンがDHTになるまで~きっかけは一つの出会い~
では、どうしてテストステロンはDHTになってしまうのでしょうか。あんなゴリゴリマッチョの上司も、昔はかわいい男の子だったはず。上京してからイケイケになったのでしょうか。
ここで故郷に戻って、理科の授業の復習です。
世の中の物質というものは、うまく組み合わさると化学反応を起こして別のものに変化します。何かと何かを混ぜて酸素を作ったりしませんでしたか?
もしくは大人なあなたはお酒が好きかもしれません。ぶどうやお米に酵母という菌がくっつくと、お酒ができる。だからお酒造りの達人は酵母にもこだわるわけですね。
テストステロンも同じです。テストステロンが何かとうまいこと組み合わさると、ジヒドロテストステロンに変化するのです。この「何か」の正体もまた、AGAの原因と言えますね。
その正体は「5α(アルファ)リダクターゼ」という物質です。また聞きなれない小難しいのが出てきてしまいましたが、「なんとかァーゼ」というのは「なんかを変化させるヤツ」(酵素)という意味です。
理科の授業にもアミラーゼとかリパーゼとか出てきたのを思い出した人がいるのではないでしょうか。ちなみにヘパリーゼは「ィーゼ」なので、酵素ではありません。
そういうわけで、5αリダクターゼはアンドロゲン一家のお坊ちゃんをゴリゴリマッチョクリエイターにしてしまうヤツなのですね。
あなたにも、ガラッと人生を変えた強烈な出会いはありましたか?わたしにはあります。ゲーム。パソコン。インターネット。成長期に夜更かししなければ、もっとスレンダー美人になっていたかもしれません。
でも、人生を形成する中でそれらに出会ってしまったがために、20年以上たった今もこうしてお肌に悪いことを承知で夜な夜なパソコンをいじってしまうのです(現在日本時間にして深夜2時)。
とはいえそんな出会いがあったおかげで(?)今こうしてわたしはあなたとお話しができるわけで、「ガラッと人生を変えたアイツ」は完全な悪というわけでもありません。
DHTも男らしさに憧れるあの子にはうってつけのクリエイターなはず。でも、髪の毛に限っては悪いヤツなのです…
さらばゴリゴリマッチョクリエイター 薄毛治療の第一歩を踏み出そう
テストステロンお坊ちゃんがゴリゴリマッチョクリエイターになるのを食い止めるにはどうすればいいか。ずばり、「人生を変えたアイツ」、5αリダクターゼを阻止すればいいのですね。
ここでAGAの治療薬、その名も「5αリダクターゼ阻害薬」が登場しました。今度はわかりやすい名前でいいですね。名前の通り「人生を変えたアイツを邪魔する薬」。
ファンタジーのような世界ですが、本当の話なので仕方ないです。
5αリダクターゼ阻害薬には二種類あって
- フィナステリド(商品名 プロペシア)
- デュタステリド(商品名 ザガーロ、またの名をアボルブ)
があります。また混乱する話になるのですが5αリダクターゼはI型とII型の2種類があり、II型のみを阻害するのがフィナステリド、両方阻害するのがデュタステリド。
ではなぜ片方しか阻害しないフィナステリドがAGA治療で有名なのかというと、頭の毛母細胞を攻撃するのはII型の方とされているからです。
ちなみにI型は何をしているかというと、ゴリゴリマッチョのテカテカ成分、皮脂腺(皮膚の脂をつくるお母さん)を応援しています。オイリー肌の原因ですね。
一般的にはフィナステリド(片方の邪魔をする)よりもデュタステリド(両方の邪魔をする)のほうが効果が高いと言われています。
それは、デュタステリドのほうがフィナステリドよりも体内で仕事をしてくれる時間が長い(半減期が長い)ことが理由です。
あるいは、オイリー肌によって頭皮に炎症が起こってしまう方も多い(脂漏性皮膚炎)のですが、その炎症を食い止めることで毛のお母さんを元気にさせるという影響もあるかもしれません。
脂漏性皮膚炎もこじらせると、このように脱毛の原因になってしまいます。
とはいえAGAにおける一番の原因は毛母細胞を攻撃する5αリダクターゼⅡ型ですので、それを阻害する薬を飲むことがAGA治療の第一歩となるわけです。
日本皮膚科学会が発行した「男性型脱毛症診療ガイドライン」でも、フィナステリドやデュタステリドの内服は推奨度A(行うことを強く推奨する)です。
これらの薬を飲むことにより、テストステロンをゴリゴリマッチョクリエイターDHTに変えたきっかけである5αリダクターゼⅡ型が阻害され、DHTが生まれることを防ぎ、頭皮の毛母細胞への攻撃が減った結果ヘアサイクルが元に。
市販の育毛剤は?~ポイントは有効成分 ミノキシジル~
そんなに壮大な物語だったなんて、髪の毛の中の人も大変だなあ。
ともかく、良くも悪くも男性ホルモンが抜け毛の原因なのね。
ホルモンをいじるとなると、確かにお医者さんのところに行かないといけなさそうだ。
あれっ、じゃあ、その辺で売っている育毛剤って…?
ほんとはすごい市販薬
結論から言うと、市販薬も効くのです。昨今のドラッグストアには、医者も青ざめるいっちょ前の薬が並んでいます。
痛み止めや花粉症の薬を薬局で買っている方もいるのではないでしょうか。その中の一つが「ミノキシジル」です。
日本皮膚科学会のお墨付き、ガイドライン推奨Aのミノキシジル外用薬
ミノキシジルという単語はCMで耳にする方も多いのではないでしょうか。
日本皮膚科学会の男性型脱毛症診療ガイドラインでも、5αリダクターゼ阻害薬に並んで「推奨度A」(行うことを強く勧める)とされているのが、5%ミノキシジルの塗り薬です。
商品名で言うと「リアップ」や「スカルプDメディカルミノキ5」が該当します。ほかにも製薬会社が医療機関に卸している5%ミノキシジル製剤もあります。
つまり、「飲み薬と塗り薬、どっちもやる」が一番AGAも治療に効果的とされています。
ミノキシジル内服は学会的には非推奨
一方、ミノキシジルの内服薬(飲み薬)の話を聞いたことのある方もいると思います。
塗るより飲む方が効きそうな感じがしますよね。
しかし学会ではミノキシジルの内服薬は、むしろ推奨度D(行わないよう勧められる)なのです。
推奨度Dは「意味がない」や「害がある」ことにより非推奨とされているのですが、ミノキシジルの内服薬は後者「害がある」に該当。
同じ成分でも、身体に塗っているものを飲むのは全然違う話ですよね。副作用のリスクに見合った効果があるなら検討する余地はありますが、学会としては「そこまで命張るほどの価値はない」ということです。
まとめ
この記事では
- AGA(男性型脱毛症)の原因は髪の毛の発達障害
- 発達障害の原因はジヒドロテストステロン
- フィナステリドやデュタステリドを飲むことでジヒドロテストステロンを抑えられる
- ミノキシジルの塗り薬も推奨されている
という、日本皮膚科学会のガイドラインの内容を紹介いたしました。
さて、ガイドラインとは何でしょうか。
専門家が、ガイドラインに載っていないことをするのは何故でしょうか。
次回「ガイドラインは教科書。教科書だけでは受験に合格できない!」
お楽しみに!