男性型脱毛症(AGA)の治療薬、男性ホルモンをコントロールするフィナステリドとデュタステリド。そしてミノキシジル、それは毛を育てるもう一つの薬。
半年程度で9割近くの方が発毛を実感する、強力な薬なのです。
しかしこのミノキシジル、日本皮膚科学会のガイドラインでは塗り薬は推奨されていますが、一方で飲み薬は推奨されていません。厚労省も、医薬品として認可していません。
しかしほとんどのAGA専門クリニックではミノキシジルの飲み薬が出されています。
ガイドラインでは使わないことを勧められているミノキシジルの飲み薬を、なぜ専門家は処方するのでしょうか。
答えは「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
一般的にガイドラインというものは専門家が非専門家に向けて書いた取り扱い説明書。
その一方で専門家は、ガイドラインには載せていないさまざまなことを日々研究・実践しているのです。
ミノキシジルの飲み薬はいわば「虎穴」。扱いが難しくて、取り扱い説明書だけをさらりと読む人達にはおいそれとは勧められない、しかし虎子というお宝を手に入れるには、そこに入る覚悟が必要なのです。
虎に狙われる覚悟で…
あなたは虎穴に入って髪の毛というお宝を手に入れますか?
それでは、虎穴と虎子のお話しを始めましょう。
この記事を書いた医師
名前:大木 沙織
大木皮ふ科クリニック 副院長
皮膚科医/内科専門医/公認心理師
略歴:順天堂大学医学部を卒業後に済生会川口総合病院、三井記念病院で研修。国際医療福祉大学病院を経て当院副院長へ就任。
本文中の上付き数字1)2)3)は論文引用箇所で文末に論文名を記載しています
発毛促進剤、ミノキシジル
ミノキシジルは男性型脱毛症(AGA)の治療薬として有名になりました。
AGAとは毛のお母さんに毛を生む力はあるけれど、育てる力がない…
そんな状態なのですが、その子育てをお手伝いする薬、それがミノキシジルです。
ですので分類としては「育毛剤」なのですが、厚生労働省が「この薬は発毛と呼んでいいよ」とされているので、ミノキシジルは発毛を促す薬と考えても構いません。
ミノキシジルの誕生秘話~実は高血圧の薬だった!~
世の中にはいろいろな薬がありますが、「こういう薬を作ろう」と思って作ったもの以外に「思ってたのと違う効果が出たけど、これって便利じゃない!?」という薬もあるのです。
AGAの薬として有名なフィナステリド(プロペシア)は、もともと前立腺肥大症の薬として開発されたもの。
そして、もう一つの薬であるデュタステリド(ザガーロ)はアボルブという名前で実際に前立腺肥大症の治療薬として使われています。
ミノキシジルも、本当は高血圧の薬として開発されたものでした。
その仕組みは、血管という名のホースを太くすることで、その中の水圧(血圧)を下げるというものでした。ホースを摘まんで細くすると、水は勢いよく出ますよね?その逆をしようとしました。
その結果、どういうわけか全身の毛が濃くなる「多毛症」という副作用が出た人がどんどん現れてきたのです。
そこで製薬会社(コロナワクチンで有名になったファイザー製薬です)はひらめきました。
これ、薄毛の治療に使えるのではないか…!?
こうしてミノキシジルという薄毛治療が誕生したのでした。
なぜ全身の毛が濃くなるのか。詳しい原理はわかっていないのですが、大体の流れはわかっています。
血管を広げることで血液の流れが良くなり、毛根の毛母細胞(毛を作るお母さん)に毛を生やす成分がたくさん流れるようになるのではないか、ということです。
ミノキシジルを飲むとどうなる?~毛の成長日記~
ミノキシジルを飲むと、3週間くらいで脱毛が起こります。
え!?なんで脱毛の治療薬なのに毛が抜けるの!?
とお思いの方も多いでしょう。しかしこれは強い毛が生えてくる前の準備段階。
弱々しい毛はリストラされてしまうということですね…その後新人さん育成が始まるというわけです。
2か月の研修ののちに、指の毛や腕の毛がどんどん濃くなっていきます。そして、本命の髪の毛も太くなっていく、というわけです。
厚労省は認可していません~公式には医薬品ではありません~
こうして目に見えた効果が出るミノキシジルの飲み薬ですが、日本では厚労省の認可は受けていません。日本皮膚科学会のガイドラインでも推奨度D(害があるからやるべきでない)とされています。
ですので、市町村にある皮膚科クリニックや病院では通常取り扱いがありません。
しかしお話ししたように発毛効果は極めて高いため、AGA専門クリニックではミノキシジルの飲み薬、通称ミノタブを処方している所がほとんどです。
(中には亜鉛、ビタミン、Lリジンなどの毛の栄養とされているものを混ぜて、オリジナル治療薬として出しているところもあります。)
未認可の薬もインフォームド・コンセントがあれば処方可能
厚労省が認可していない薬を使うことができるのでしょうか。医師法や医療法としては大丈夫なのでしょうか。
結論から言うと、厚労省が許可していない薬でも使うことができます。例えばわたしも癌を防ぐワクチンが日本で認可されていなかった時代に、個人輸入をして接種したことがあります。
また、世の中には出ていない新薬を開発・研究するためにも、認可されていない薬をみなさんに使うことになるのです。
もちろんあへんといった麻薬のような非合法の薬(法律が所持や使用を禁止している)は使うことができませんが、ミノキシジルはただ認可されていないだけです。
ではそのような薬を使うには、何が大切でしょうか。キーワードは「インフォームド・コンセント」。
インフォームド・コンセントが肝心
保険適応外の診療、自由診療。近眼の手術(レーシックや眼内レンズ)、歯科矯正やインプラント、シミ取り、そしてAGA治療。
いずれも医師や医療機関が患者さんに効能や副作用などをしっかり説明して、患者さんが治療を受けたいという意思を表明することによって行うことができるのです。
これをインフォームド・コンセントと言います。
もちろん保険診療(保険が使える医療行為)でも大切な話ですが、とかく自由診療では高額であったり、万が一のときに自己責任となってしまう(国からの補償が受けられない)ため、より大切になります。
そのクリニック、インフォームド・コンセントしてますか?
では、ミノキシジルの飲み薬を出しているAGA専門クリニックはどうでしょうか。
皆さんの中には、実際にそのようなクリニックに行ったことがある方もいるかもしれません。また、最近はオンラインで簡単にミノキシジルが処方されるというケースも少なくありません。
そのクリニック、インフォームド・コンセントは行われているでしょうか。
実は医者にもコンビニや飲食店のようなアルバイトがたくさんあります。
医者専用のアルバイト募集サイトには、AGA専門クリニックからの募集も多々。クリニックは専門でも、肝心の医者はアルバイトということも多々あるということです。
虎穴と言えるほどリスクがあり、何かあっても国からの補償が得られない薬、ミノキシジル。そのリスクをしっかり説明して、何かあったときに対処をしてくれるクリニックはどれくらい存在するのでしょうか。
わたしが知っているAGA専門クリニックのいくつかは「患者さん1人当たり5-10分、スキルのない医者でも簡単にできる流れ作業のようなアルバイト」となっていることは事実です。
では、どんなリスクがあるのでしょうか。皮膚科医、そして内科専門医としてしっかり説明いたします。
良薬は口に苦し、どんな薬も必ず副作用という名のリスクがある
ミノキシジルに限りませんが、薬というものは「こんな効果を期待しています」という主な作用のほかに「こんなつもりじゃなかった」という副次的な作用(副作用)もあるのです。
そもそものミノキシジルの誕生秘話も、「本当は高血圧治療を期待していたのに、毛が生えてしまった」という副作用から生まれたものでした。
ドラッグストアで「睡眠改善薬」を目にした人もいるかもしれません。
その正体は「花粉症の薬」。花粉症の薬を飲むと眠くなる、という人を聞いたことがありますか?ヒスタミンという花粉症の原因物質を抑えるのが花粉症の薬。
そうして花粉症の症状を抑えるという作用を期待していたのに、「眠くなる」という副作用も出てしまったのです。
それを逆手にとって「眠くなれますよ」と売り出したのが睡眠改善薬(商品名 ウット、ドリエル、ネオディ)。
眠れない人にはいいかもしれませんが、眠くなると困る方には問題のある副作用です。
そういうわけで、「発毛促進」という作用を期待されているミノキシジルにも、厚労省や学会が看破できないような副作用があるわけです。
そもそもが血流を改善する薬というからには、その副作用もやはり血流、心臓や血管といった「循環器」に出現します。
結局飲むべき?飲まないべき?飲まないことのリスクとは
そこまで副作用のリスクを言うからには、飲まない方がいいのでしょうか。
確かにミノキシジルを飲まなければ、心臓や血管に負担がでることもありません。
動悸・息切れ・胸痛・浮腫み、うっ血性心不全…これらは全て心臓や血管の問題で起こる症状です。
では、ミノキシジルを飲まないとどうなるでしょうか。
学会で推奨されている「フィナステリドやデュタステリドの内服」(飲むこと)と「ミノキシジルの外用」(塗ること)。
これだけで薄毛が良くなる方もいるのですが、そうでない方がミノキシジルの飲み薬を考えるわけですね。
つまり飲まないリスクとは「薄毛が治らない、どんどん進んでいく」ということにあるのです。
薄毛に限らず、見た目によるコンプレックスは思いのほか精神的にダメージを受けるもの。
世の中に美容クリニックがたくさんあることからわかるように、見た目をより理想に近づけることで大いなるメリットを実感する方はたくさんいます。
どの薬にも言えることは薬のメリットとデメリットのどちらを取るか考えるということです。
飲む量を減らせばリスクは減る?心臓に負担をかけないためには
胸の痛み・動悸・息切れ・浮腫み…というミノキシジルの副作用のほとんどは、血流の変化により心臓や血管といった「循環器」に負担がかかることで起こります。
ですのでミノキシジルを飲んでいる場合は、心電図や心臓の超音波検査(心エコー)、心臓の特別な血液検査などを定期的に受けることで、仮に心臓がダメージを受けていても早期発見が可能です。
では、そもそもの副作用を避けるにはどうすればいいでしょうか。
完全に避けることは難しいながらも、血液の中に薬が流れる量(血中濃度)を抑えることで、副作用が出る可能性を下げることができます。
AGA専門クリニックの中でも、どの程度の量でミノキシジルを出しているかはバラバラです。一般的なのは5mgですが、ほかの量を選べるところも多いと思います。
薬の効き目は人によって違います。お酒で例えても、少しのお酒で酔っ払ってしまう人もいれば、たくさんお酒を飲んでもびくともしない人も。
では、びくともしない人はたくさん飲んでもいいのでしょうか。そんなことをしたら、肝臓にどんどん負担がかかりそうですよね。
ミノキシジルも同じです。少量で効果を実感する方もいれば、いくら飲んでも発毛しない方もいます。クリニックによっては効かないからと、7.5mg、10mg…とミノキシジルの量を増やすことも。
しかしそれは、お酒に強い人がどんどんお酒をのむことと同じ…効果がなくても心臓への負担はどんどんかかっていきます。
適切にミノキシジルを飲んでも発毛しないのでしたら、「ミノキシジルが効きにくい体質」ということにです。
その場合は副作用のリスクを減らすためにミノキシジルの飲む量を減らして、副作用の心配が少ない塗り薬を増やしていく方がいいかもしれません。
少量のミノキシジルを手に入れるには
とはいえ、5mgのミノキシジルしか用意していないクリニックも少なくないでしょう。
そういう場合はどうすればいいでしょうか。
薬には理由があって形を決めているものもあれば、特に理由なく錠剤として出しているものもあります。ミノキシジルは後者ですので、形を変えても問題ありません。
つまり、すりつぶしたり、ハサミで切ったりして量を調整することが可能なのです。
そんなことをして大丈夫なの?という方もいるかもしれません。
しかし実際に医療現場では、錠剤では飲めない方に薬を粉砕(すり潰して粉にする)したり、製薬会社が作っている量では多すぎるからと半分に切って調整するということは良く行われることです。
製薬会社も、わざわざ切りやすいように薬に切れ目を入れていることが多々あります。
例えば半年は5mgの半分の2.5mgで試して(クリニックによっては最初から2.5mgを出しているところも)、効き目がなければもう半年5mgに増やすということもできます。
それ以上は、心臓関係の検査を念入りに受けたうえで心臓がびくともしていない場合のみ、増やしてみることも検討できるかもしれません。
ただ、自己責任となってしまうので、リスクとリターンをよく考えてくださいね。
まとめ~真の専門家とは~
ずいぶん脅してしまいましたが、それでも尚ミノキシジルを飲む方が多いことを考えると、検討の余地がある薬だと考えます。
日本皮膚科学会のガイドラインで推奨度A(行うことを強く勧める)のフィナステリドやデュタステリドの内服(飲み薬)とミノキシジルの外用(塗り薬)だけでは、満足した効果を得られない方も。
真の脱毛専門家でしたら、ミノキシジルの副作用がどのようなもので、どう管理すればいいかの内科的知識も持っているはずです。
そして、薄毛によってどれほど精神的な問題を抱えながら生きている人が多いことも知っています。
どんな薬も副作用のリスクはつきものです。適切な医療機関でしたら、副作用が出ないかどうか、問診や検査で念入りに確認しています。ミノキシジルも同じです。
試しに飲んでみて、副作用が出るかどうか確認してみましょう。しっかり検査をしていれば、副作用が出ても早期発見ができるので、その段階で中断すれば早期治療も見込めます。
ミノキシジルを飲んでいるのは、副作用が出ていない(検査をしなくて副作用に気が付いていない人もいるかもしれませんが)方々です。その仲間入りをしてもいいかもしれません。
恐る恐る、少量(2.5mg以下)で試しながら様子を見るという方も多くいらっしゃいます。
ミノキシジルの副作用をしっかり考えられるクリニックでしたら、間違いなく2.5mg以下の少量のミノキシジルも処方してくれるはずです。
大切なことは、適切な医療機関にかかり、正しくミノキシジルとお付き合いすることにあります。
ガイドラインはあくまで取り扱い説明書。真の薄毛治療をする専門家は守破離(しゅはり)、つまり大家の掟を守り、破り、型から離れたスタイルを確立する、ということを実践しています。
残念ながら、昨今のAGA専門クリニックは「いかに安く、いかに多くの人にミノキシジルを売るか」という薄利多売の競争。
安かろう悪かろうではないですが、心身ともに自分の健康を守るためには、真の専門家に巡り合うことが大切ですね。